習近平も唖然!? 英国の"親中路線"に待ったをかけたメイ新首相は「鉄の女」の再来か 中国の原発投資計画をドタキャン

現代ビジネス 8月12日(金)11時1分配信


正式決定の数日後
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 昨年10月、中国の習近平国家主席がイギリスを訪問し、国会や大晩餐会でスピーチをしたり、エリザベス女王と馬車でロンドンの街を駆けたり、バッキンガム宮殿に泊まったりした話は、いくばくかのショックと共に、まだ私たちの記憶に新しい。

 中国はこの訪英で、総額400億ポンド(約7兆4,000億円)に上る商談を決めたのだが、中にはサプライズもいくつかあった。

 その一つが、イギリスでの原発プロジェクト。ヒンクリーポイント、ブラッドウェルなど三ヵ所の原発プラントに、中国企業CGN(中国広核集団)が参画することが決まったのだった。

 ヒンクリーポイントでは、EDF(フランス電力)が仏アレバ社の新鋭機を2基建設する予定だ。資金の3分の2をEDFが、3分の1をCGNが出資するという。一方、ブラッドウェルではCGNが3分の2を出資し、なんと、中国の国産原子炉「華龍1号」が建設されるらしい。英国内では反対の声もあったというが、それをキャメロン首相が押し切ったのである。

 実はイギリスは、原発を20年以上も作っていないので、もう自分たちでは作れない。資金もない。一方、頼りにしていたフランスは、原発は作れるが、資金繰りがつかない。そこへ登場したのが、お金があり、しかも原発技術大国になりたい中国というわけだった。

 習近平氏に取り入るようにして、この大取引を物にしたキャメロン首相、技術も資金も“他人のフンドシ”のわりには、いたくご満悦の様子だった。

 さて、8ヵ月の時が流れ、国民投票でイギリスのEU離脱が決まったのが6月23日。EUを大混乱に陥れた張本人、キャメロン首相は鼻歌交じりで退場し、7月13日、代わって就任したのがテレーザ・メイ新首相だ。

 折しもフランスでは、前述のヒンクリーポイント原発の投資計画がようやく正式決定されたばかりだった。ところが、関係者一同がホッと胸をなでおろしたのも束の間、数日後には地獄の釜をひっくり返したような騒ぎとなった。

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 8月2日、ロイター通信が伝えたところによれば、重要なインフラ施設への中国の関与には安全保障上の懸念があるとして、メイ首相の命令で、計画が再検討されることになったのだ。首相になって、いの一番に下した命令の一つだろう。このドタキャン、すでにオランド仏大統領には電話で伝えてあるという。

 思い返せば、最近、英中は異常に接近していた。AIIBへの参加をいち早く決めたのもイギリスだったし、11月末に決まった人民元のSDR入りについても、詰めは、習近平・キャメロン両氏がロンドンで行ったと思われる。

 習近平氏は、これによって人民元決済や元建て債券の発行が大々的に可能になると踏み、キャメロン氏は、人民元ビジネスの利権を手にしてガッポリ儲けるつもりだったろう。つまり両首脳は手を取り合い、英中「黄金の10年」に突入しようとしたわけだが、ひょっとするとメイ首相はこれから、それら中国寄り路線を一つ一つ覆していくつもりなのか? 
 メイ首相とはいったい何者だろう?





“鉄の女”の再来か
 メイ氏が首相に就任したその日、メルケル首相はちょうどキルギスに外遊中で、そこからお祝いの電話をかけたという。二人は会ったことはなく、言葉を交わしたのもこの電話が初めてだった。

 その1週間後、メイ首相がベルリンに来た。普通なら、イギリス首相の初の外遊はワシントンかパリ、あるいはブリュッセルだが、彼女はベルリンに来た。

 それをドイツのメディアは、「EUの重鎮ドイツを重視している証拠」と評価したが、おそらくメルケル首相がキルギスからの電話で、ドイツを最初の訪問地とするよう「ご招待」したのだろう。そして、招待を受けてやってきたメイ首相は、儀仗兵による最高の栄誉礼で迎えられた。

 ドイツでは、メイ首相とメルケル首相が似ているなどという声もある。保守で、地味な実務家で、女性というハンディにもかかわらず一国の首相にまで伸し上がった。しかも二人とも牧師の娘で、既婚、子供なしetc。

 しかし、私はこの二人が似ているとはあまり思わない。メイ氏はどちらかというと、サッチャータイプではないか。いうまでもなく、サッチャー首相とメルケル首相はまるで似ていない。

 サッチャー氏は国民に嫌われることを厭わなかった。死に体だったイギリスの復活を期し、“鉄の女”の異名にふさわしく、あらゆる前線で戦った。労働組合を徹底的に叩き、採算の取れない炭鉱を閉鎖し、国営企業を民営化し、金融における規制をどんどん甘くした。

 「私は好かれるために首相になったのではない」という言葉は、おそらく嘘ではなかったのだろう。フォークランド島をめぐる紛争では、アルゼンチン相手に本物の戦争さえ起こした。こうして、イギリスは金融大国になった。

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 メイ氏を見ると、私はサッチャー首相を思い出す。時代が違うのだから政策の方向は異なるだろう。そもそもメイ氏は、イギリスを金融に依存しない産業国に戻したいという夢を持っている。ただ、イギリスを再び強い国にしたいというところは同じだ。

 また、国民に媚びそうもないところ、また、必ずしもポリティカル・コレクトネスに縛られていないように見えるところが、サッチャー首相と似ている。

 それに比べてメルケル首相は、党の意向や国民の意見を無視して物事を進めることは少ない。自分の意見がないという非難もあるほどだ。例外的に難民問題だけは強引に「ようこそ政策」を推し進めたが、この場合も「人道」という切り札を味方につけていた。ドイツにおいて人道主義は絶対に落とされない砦なので、それを主張するのは難しいことではないのだ。

 つまり、この切り札のおかげで、彼女は常に反対する人々より道徳的に優位な位置を保てた。彼女はポリティカル・コレクトネスにはことのほか敏感だ。

 だからといって、メルケル政権のしていることがいつも道徳的に瑕疵がないかというとそれは大間違いだが、ただ、少なくともメルケル首相は、ドイツの人道イメージを保とうとしている。彼女を「ドイツの母」といった温かいイメージで見ている国民もいる。

 そもそも、強いドイツを目指すなどと言おうものなら憤慨するのがドイツ国民である。うがった言い方をするなら、メルケル氏は、勝手に強くなっていくドイツを、強くなっていないように見せなければならない。そこが強いイギリスを目指すメイ氏との決定的な違いだ




イギリス社会にくすぶる“爆弾”

 7月20日にベルリンで行われたメルケル・メイ両首相の共同記者会見は興味深かった。

 相手を注意深く観察しつつも、にこやかに誉めあい、重要なことは何一つ喋らず、両国の培ってきた緊密な協力関係と友好は何があっても変わらないということが強調された。しかし、そのリラックスした微笑みの輪の中で、互いの国益を賭けた鋭い火花が散っていた。まもなく始まるはずの熾烈な交渉の値踏みである。

 イギリスにしてみれば、EUは交易相手として重要なので、今、手にしているEUにおける自由貿易の権利を手放すわけにはいかない。ただ、イギリス国民をEU離脱に導いた最大の問題は、他のEU国からの増えすぎた移民だ。つまりメイ首相は、移民の流入をどうにかして制限しなければならない。

 しかし困ったことに、自由市場参加の条件は、人間の自由な往来を認めるということなのだ。メイ首相の前には、ほとんど解決不可能に見える難問が立ちはだかっていることになる。

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 記者会見の最後の方で、ある記者がメイ首相に、ボリス・ジョンソンを外相に起用した真意を問うた。「なぜ、出場したくない選手をグラウンドに引っ張り出したのか」と。

 それに対してメイ首相は「イギリス首相がドイツでサッカーについて話すなんて、危険すぎます」と素っ惚け、続けて再び、EUとの関係を良好に保ちたいとの抱負を述べた。イギリスの政治家は老練である。

 現在、イギリスには300万人のEU国民が暮らし、そのうち一番多いのがポーランド人の79万人だ。多くの分野では、移民はすでに欠かせない労働力となっている。7月29日、メイ首相はポーランド首相に会い、ポーランド人を引き続き歓迎する意向を伝えた。

 しかし、このままでイギリス国民が黙っているかどうか? 移民問題は、すでに導火線に火のついた爆弾のようにイギリス社会にくすぶっている。

 先日、ロンドンにいる次女に電話をしたら、今のところBrexitの影響は何も感じないそうである。「でも、イギリスはそのうちEU移民の流入に制限をかけるみたいよ」と言うと、彼女が電話口で、「そんなことをしたら、イギリスはすぐに崩壊しちゃうわ」と笑った。








 著者: 川口マーン惠美
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川口マーン惠美

最終更新:8月12日(金)11時1分
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