7月10日に初日を迎えた大相撲名古屋場所。初場所では、久々の日本人力士として横綱昇進を目指した稀勢の里を破り、その夢を粉砕した。そして白鵬は「たくさんの努力をした人に運は与えられるのです。それが与えられた時、稀勢の里関は横綱になれるのでしょう」とノンフィクションライターの武田葉月氏に語った。白鵬の真意を聞くべく、武田氏が直前合宿に密着取材した。
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運には国籍は関係ないと思います。日本人でも外国人でも努力した人には平等に掴む権利がある。
「運」という字は軍隊の「軍」に「走る」と書くわけです。つまり軍隊のように戦わなければ運はやってこない。ですから、まだ達成していない記録があるうちは、私は戦い続ける覚悟を決めています。
今年31歳になり、あと何年相撲を取れるかわからないけど、2020年の東京五輪までは現役を務めていたいと強く思っています。
〈白鵬の父・ムンフバト氏は1964年の東京五輪に、レスリングのモンゴル代表として出場している。白鵬も父と同じく東京五輪「出場」が大きなモチベーションとなっている〉
父とは違い、選手としてではなく、日本の伝統文化を世界に伝える立場で出たいのです。1998年の長野五輪で披露された力士たちの土俵入りは感動しました。特に曙関の横綱土俵入りが、幼い私の眼に強烈に焼き付いています。
私も東京五輪で、同じように土俵入りを果たしたい。そのためにはあと4年間、戦い続けないといけません。けれども、力士の体は永遠ではないので、いつか引退の日がやってきます。
私も将来を考えることがあります。一代年寄(※)は過去の例では20回以上優勝した力士に与えられていますが、37回優勝している私に、まだそういうお話はないようです。お話がないということは、まだ認められていないということ。いつかいただきたい思いはあります。
【※相撲界において多大な功績があった力士に贈られる該当者一代限りの年寄株。取得後は定年まで日本相撲協会に在籍し、親方として活動できる。現在、この一代年寄株を持つのは貴乃花親方のみ】
年寄名跡を取得すれば、引退後も日本相撲協会に残り、親方として後進の指導にあたることができる。だが、現在、取得資格者は「日本国籍」を有する者に限られている。
王貞治監督は、2006年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、代表監督として日本を世界一に導いた(※王監督は台湾国籍)。日本国籍を有してなくても、帰化しなくても日本を代表する指導者になれる。私も王監督のようになるには、結果で認めてもらうしかありません。
もちろん野球と相撲とでは世界が違うことも理解しています。相撲は伝統文化の世界ですから、変えてはいけないものもたくさんある。ただ、変えなければならないものは、少しずつでも変えていく必要があると思っています。
これだけ多くの外国人力士が日本にやってきて、相撲界を牽引しているという事実があります。
今の相撲界の制度では、外国人力士は入門はできるが、その後、(親方などとして相撲協会に)残ることが難しい。また、外国人力士は原則、1部屋につき1人しか所属できないので、日本以外の国籍を持つ若者が「力士になりたい」と希望しても、誰かが引退しない限り、入門できないという実態もあるんです。
今後、規制が緩和されたり、整備されることがあれば、すべての力士たちが、「俺たちは相撲でメシを食っていくんだ!」と思えるし、そうなれば、もっと勝負が熱くなるはずです。
そういうことが、広い意味での「土俵の充実」につながるんじゃないかと、私は思っているのです。
※週刊ポスト2016年7月22・29日号