● 痛みもキズ痕も生じない 「命の洗濯」までできるがん治療!?
痛みも、キズ痕も生じない。その上、じっくりと「命の洗濯」までできてしまう乳がん治療が、もうじき実現するかもしれない――先日、そんな朗報が、『メディポリス国際陽子線治療センター(鹿児島県)』から届いた。
これがどのような意味を持つ事柄なのか、少し詳しく述べてみたい。
6月11日、小林麻央さんが乳がんで闘病中であるというニュースを知った女性たちはみんな、「他人事ではない」と感じたのではないだろうか。かくいう私も6月中旬、自治体から絶妙のタイミングで届いた乳がん検診の無料クーポンを、これまでにないほどありがたく思った。
近年、日本では乳がんと診断される人の数が増えており、一生のうち、女性の12人に1人がかかるとも言われている。一方で、治療法の進歩により、ステージI~II期では5年生存率90%以上、10年生存率もステージⅡであれば80%近くに達している。
乳がんはもはや不治の病ではなく、年間9万人弱が罹患するものの7万5000人は生還し、化学療法や放射線治療を受けながら生きて抜いて行く時代になった。罹患経験者は「サバイバー」と呼ばれ、病と付き合いながらの人生を送ることから「手術を終えた後は、“糖尿病”や“高血圧”などと同じような“慢性疾患”だと思って」とアドバイスする医師もいるほどだ。
こうした動向と並行して、治療法もかつての「生命さえ助かれば、それ以上は望まない」的なものから、身体への負担はより小さく(低侵襲)、術後のQOL(生活の質)はより高くを目指す方向に変化している
命もQOLも重視する イマドキのがん治療を象徴
身近なところでは乳房再建(注「にゅうぼうさいけん」と読む。「ちぶささいけん」ではない)。2014年1月、再建用の人工乳房が全面保険適用になったのをきっかけに、乳房を全て切除してから乳房再建するケース(全摘+乳房再建)と乳房の一部を切除する温存手術の割合が逆転した。それまでは、治療のためとはいえ乳房を切除する喪失感は耐え難いと、温存手術を希望する人が多かった。
そこには、命と乳房を天秤にかけるような苦悩が存在していた。しかし、全摘と同時に再建できれば、喪失感をだいぶ和らげることができる。これは、命もQOLも重視する、イマドキのがん治療を象徴する出来事だと思う。
そして、これらの潮流の最先端にいるのが、メディポリス国際陽子線治療センターが提供している医療だ。
● 心臓の裏側の肺がんも治療できる 陽子線治療の凄み
陽子線は、陽子(水素の原子核)を光速の約70%まで加速させたもので、非常に高いエネルギーを有する。ターゲットであるがん細胞までの角度や距離等を細かく設定して、放たれた陽子線は、身体の中に入ってがん細胞にぶつかった途端、強いエネルギーを出して消滅する。身体の中を通り抜けてしまうX線と違って、周辺の正常な細胞や臓器にダメージを与えない。
つまり、ピンポイントでがん細胞を死滅させることができるのだ。また、どれほど身体の深い場所にあるがんでも、複雑な形をしていても、角度を360度細かく調整しながらの照射によって、致命的なダメージを与えられる。
「心臓の裏側にある肺がんを治療したこともあります。X線の場合、心臓を通り抜けて致命的なダメージを与えてしまうので、このようなケースでは治療できません。陽子線だからこそ可能な治療です」
こう話すのはセンター長の菱川良夫医師だ。
陽子線治療なら、乳房を一切損なわない乳がん治療が可能になる
2011年の開院以来、同センターは、世界初となる「切らずに治す乳がん治療」の実現を目指し取り組みを続けてきたが、去る5月、4名の早期乳がん患者を対象に進めてきた治験の第一段階が終了。全員に良好な治療結果が得られたことから、その情報データを元に分析し、第二段階の準備を進めているという。
まだ治験中なので「いつ頃までに実現する」とは言えないものの、大きな進展があったことは間違いない。
● 乳がん治療の最大の妨げは 乳房の固定だった
これまで、同センターでは、以下のがんを対象に陽子線治療を行ってきた。
・頭頸部のがん
・頭蓋底のがん
・肺がん(原則、腫瘍は1個のみ)
・肝がん(原則、腫瘍は1個のみ)
・前立腺がん
・局所進行膵がん
・腎がん
など。
胃や大腸など消化管のがん、がんの数が複数あるものや複数のリンパ節に転移のあるがん、白血病のような血液がんには、陽子線治療が適さないため、行っていない。
乳がんに対しては、乳房の固定の難しさが、治療の最大の妨げとなってきた。
陽子線治療は、がんに対してわずかなズレも許されない、超精密な治療法だ。それゆえ、治療には完璧な固定が絶対条件となるのだ。 「乳房以外の臓器は、いずれも骨格の中にあり、骨や周囲の臓器に動きを制限されますが、乳房は重力や呼吸の影響で形態が自在に変化するため、精密に狙いを定めるピンポイント照射が困難でした」と同センターの医療部長である有村健医師は解説する。
もちろん従来も、ブラジャーのようなカップを使って乳房を押さえつけたり、乳房を特殊な装置に吸引・吸着させ安定化を図ったりするなど、世界中で様々な試みがなされてきたが、変幻自在な乳房を、常に変わらない姿で固定することはできなかったのだという。
今回、有村医師らのチームは、先例とは全く異なる手法を用いて、乳房を固定することに成功した。
「固定の際、患者さんが上向きの場合乳房は胸壁に沿って横に流れ、肺や心臓に近づきます。この時は、臓器に対する危険性が増加します。逆に、患者さんを下向きにした場合、乳房は胸壁から離れ、臓器に対する安全性は向上しますが、呼吸や体動の影響を制御しにくい欠点がありました。そこで我々は、患者さんを下向きにして乳房を下垂させ、その形状を元に患者さん専用の乳房カップを3Dプリンターで製作し、突出した状態のままカップで保持された乳房を、患者さんが上向きの状態で再現し、治療することにしました。カップは常に乳房に密着し、さらに体動や呼吸の影響を受けにくい構造にしているので、他のがんと同等以上の精度を実現することが可能になりました」(有村医師)
● 「壮絶な闘病生活」とは異なり 風光明媚な温泉地で癒やす
がん治療と聞いて、誰もが思い浮かべるのは「壮絶な闘病生活」だろう。だが、ここでの治療はぜんぜん違う。外科手術のように身体を切り開く必要もなければ、抗がん剤のような副作用もない。
治療室入室から退室までの時間は20分ほど。痛みも熱さも感じない治療を終え、患者は自分の足で、元気に治療室から出てくる。
陽子線の照射は基本的に1日1回2分弱で、週5回。3週間~1ヵ月半の治療期間を要する。治療費は先進医療のため、技術料は全額自己負担で288万3000円かかるが、がん保険の先進特約に加入していれば、保険で全額カバーされる。
ほとんどの患者が滞在するのは、センターに隣接する『指宿ベイテラス HOTEL&SPA』だが、車で20分ほどの距離には日本屈指の温泉地・指宿温泉があるので、老舗和風旅館に長逗留する患者も多いらしい。そこはまったくの自由だ
眼前には鹿児島湾、反対側には開聞岳が臨める風光明媚な山中で、ホテルの専任スタッフが育てた採れたて野菜や、契約している漁師から直接仕入れる魚介類などを使ったおいしい食事に舌鼓を打ち、温泉につかったり、ゴルフに出かけたりしながらのんびり過ごす日々は、昔ながらの「闘病」のイメージからは本当にほど遠い「命の洗濯」だ。
敷地内には、小さな子どもを持つ患者のための保育所も完備されている。
● 寝食を忘れ働いていた人が がんになって生き方が変わる
今回、治験に参加したのは、59歳・49歳・63歳・56歳の女性4名で、基本、指宿ベイテラスに滞在し、温泉にゆっくり浸かりながらの治療だったが、中には、仕事をしながら通院治療し、仕事と治療を両立させていた女性もいたという。
また、患者の中には、手術や抗がん剤治療の経験者もいたが、それらの治療に比べると、陽子線治療は痛みも全くなく、「とても楽で非常に良い治療期間を過ごせました」といった感想が寄せられたとのこと。
がんそのものとの闘いよりも、治療に伴う苦痛や副作用との闘いとも言われるがん治療。
センターが掲げる、リゾートライフを満喫し、心身共にリラックスして病気を治すというコンセプトは斬新だ。
「若くしてがんになる患者さんは、寝食を忘れて働いてきたような方が多いのですが、治療のために1ヵ月ほど休養をとり、家族と語らい、のんびり過ごす生活を送ると、生き方が変わりますね。みなさん『がんになったお陰で、自分をリセットできた』と言って、帰って行かれます」(菱川医師)
かつて私が子どもを出産したクリニックの院長は、ニコニコしながら教えてくれた。
「出産は命がけの大事業ですが、同時に、女性がより美しく生まれ変わるチャンスでもあります。骨盤が大きく開閉することで整い、ホルモンバランス等が良くなるし、体内の不要物が全部赤ちゃんと一緒に外に出されるので、素晴らしいデトックス効果もある。楽しみですね」
現在は苦しく長い乳がん治療も、今後の治験が終了して、早期乳がんの陽子線治療が実現し、さらに同センターのコンセプトが広まれば、「女性の人生をリフレッシュさせてくれるチャンス」と言われるように、近い将来なるかもしれない。
木原洋美







