何をやってるんだ! どう責任をとるんだ! ――失敗した部下を「叱って終わり」にしていないでしょうか。失敗した社員を「犯人扱い」している職場では、同じような失敗が頻発することになります。『仕事も人間関係もうまくいく ANAの気づかい』の著者であるANAビジネスソリューションに、「叱る」よりも大事にしていることを聞きました。■ 「叱る」のではなく「感謝する」
あなたの部下・後輩の社員が、仕事上での失敗をしてしまったとします。その部下から何が起きたかを聞き出さなければなりませんが、当然失敗した部下は自分の失敗から生じたさまざまな損失に傷ついてナーバスになっています。ここで「その部下にどのような態度で接するか」が原因追究のためのカギとなります。
ANAグループの整備部門では、失敗をした社員にそのときの状況のヒアリングをする際、次のことを相手に明確に伝えています。
・あなたを犯人扱いして、処罰のために事情聴取をするのでは絶対にない。
・あなた以外の社員が同じような事故を起こさないようにするため、どのような経緯だったのかを正確に聞かせてほしい。
失敗した社員を気づかっているのではありません。失敗したときの状況を繰り返し思い出し、人に話をしなければならないことは、単に「怒られて終わり」よりもっと辛いことでしょう。
それでも、事故につながりうるエラーを防止するため、失敗をしたその社員にしかわからない状況や心の内を話してもらうことが必要だからこそ、こういう態度で接するのです。
■ 同じようなエラーはを繰り返さないために
人間のエラーによる事故を防ぐために、ANAがとっている原則があります。それは、「人間が起こすエラーはゼロにすることはできない」という前提に立つことです。ですので、人がエラーを起こすことを認めながらも、同じようなエラーは繰り返されないようにしなければなりません。
40年間整備部門に在籍し、ANAビジネスソリューションヒューマンエラー対策講師をつとめる宮崎志郎はこう説明します。
「そのときの失敗は、偶然その社員がもたらしただけのものともいえます。しかしその失敗を周りと共有しなければ、ほかの社員も同じような失敗を起こすかもしれない。『だから、正確な対策を立てるために、きちんと教えてくれないだろうか』と協力を仰ぎ、応じてくれたことに対して感謝の姿勢で迎えます」
世間一般的には、失敗をした人から聞き取りをすることに、処罰的な意味合いが含まれていると思われがちです。上司(会社)から呼ばれ、怒られたり説教されたりするというイメージがあります。
もし失敗した人に対して、ヒアリング担当者が「こうなったのはすべておまえの責任だ」という態度で接して、その人しか知りえない事故に至るまでの貴重な事実を聞き出せなければ、適切な事故の再発防止ができません。さらにヒアリング担当者のその姿勢に対して失敗した当事者が不信感を抱けば、会社としても大切な人財を失うことになりかねません。「安全は経営の基盤」とうたっている会社の姿勢が形だけのものとなってしまいます。
ヒアリング担当者が失敗をした当事者に協力を仰ぎ、感謝の姿勢で接するのは、お互いの間に信頼関係を築いて話をしやすくするためだけでなく、当事者とともに会社がいっしょになって安全を守っていくという信頼関係を構築するために他なりません
事故につながるような失敗は、ないに越したことはない。でも、人間は失敗をする。であれば、その失敗を事故防止に資する価値あるものとして評価する。こうした考えが、ANAの安全を支えていく根幹にはあります。
■ 「叱る文化」だと安全は守れない
失敗した当事者を単に「説教する」のではなく、失敗の再発防止につなげる――。こうした上司の姿勢が徹底していると、大事故につながりかねない兆候を、部下は報告しやすくなります。
あるCA(キャビンアテンダント)が、客室の安全を確認してシートに着席すると、ドアの下のほうから普段は聞こえないような「異音」が聞こえてくる。でも、飛行機は滑走路に入る直前……。いま、機長に「異音がする」と報告をしたら飛行機は駐機場に引き返すかもしれない。そうしたら、運航に遅れが発生し、たくさんのお客様にご迷惑をかけてしまう――。このような状況になったとき、あなたならどうするでしょうか?
離陸前の最も緊張感が高まる時間帯に、わざわざ機長に報告するか、あるいはやめておくべきか。その判断には、強いプレッシャーがかかります。ANAの社員たちも、このような状況に直面することがあります。ANAでは、ここでとるべき「正しい」行動を明確に決めています。
少しでも運航の安全に影響を与えるようなことは、機長に報告しなければなりません。ひと口に異音といってもその原因はさまざまです。それが安全に影響をあたえるかどうか、判断に迷ったときは報告をすべきとしています。なぜなら、ANAでは、「安全」が経営の基盤であり社会への責務だとしているからです。
・締め切りか、クオリティか
・コストか、お客様満足か
・目先の売り上げか、将来への投資か
日々仕事をしていると、さまざまな「ジレンマ」が私たちの前に立ちはだかります。2つを両立できれば言うことはありませんが、それができない場合、頭では「クオリティが大切」「お客様満足が大切」とわかっていても、いざ行動しようというときになって「効率」や「自分の利益」を優先してしまい、大きな問題を引き起こしてしまうこともあり得るのです。
「ANAは航空会社なんだから、安全第一は当たり前じゃないか」と、思うかもしれません。でも社員一人ひとりが、どのような状況でも「安全第一」で行動できるかどうかに、その会社の本当の底力が表れるといっても過言ではありません
結局、この「異音」は飛行機の運航にはまったく支障のないものだったという場合もあります。それでも、報告を受けた機長は「よく報告をしてくれました。ありがとう」と、ねぎらいの言葉をかけます。そのときはたまたま問題がなかっただけで、別の機会では異音が本当に事故につながる兆候だった可能性もあります。
もし機長が「離陸直前に、余計なことをされた」といった態度で臨んだり、叱りつけたりしたら、そのCAはきっと次に同様の異常を感じても押し黙ってしまうでしょう。
「行うは難し」であることをANAの社員が実践できるのは、もうひとつ理由があります。経営トップでもある安全統括管理者が社員に対して「安全に疑義がある場合や自信がない状況で、飛行機を運航させることは、絶対に行ってはなりません。『安全を優先する』行動を行い、その結果『遅発』や『引き返し』が生じても会社はそれを容認し、関係者の下した判断を尊重します」ということを宣言し、これを何度も伝えているのです。
■ 勇気ある報告には「よく言ってくれた」
整備部門でもこのようなことがありました。前の日にエンジンの整備をした飛行機は、すでに多くのお客様を乗せて予定どおりの出発時刻に駐機場を出ました。
しかし、そのエンジンの整備を担当した整備士が「確かに、エンジンのあのボルトはちゃんと締めたはずだが、はっきりとは覚えていないので点検したい」と申し出たのです。飛行機はすでに駐機場を出て滑走路に向かっていましたが、直ちに引き返し、点検を受けることになりました。
結果、ボルトはちゃんと締まっていたことがわかりました。この点検のために飛行機の出発は遅れ、お客様に大変な迷惑をかけてしまいました。それでも当時の整備部門のトップはその整備士の行動に対し、「よく言ってくれた」と感謝し、褒めたのです。
お客様に約束した定時運航を果たすことはできませんでしたが、お客様が「当たり前」と思う「安全」に対する信頼を損なうことは防ぐことができたと考えたからです。
単に「安全第一」というスローガンを掲げているだけでは、社員は「安全」と「定時運航」を天秤にかけて迷ってしまいます。本来、「安全」はなにかほかのことと優先度や重大性を比べるものではないのです。絶対に守らなければならないことをトップが明確に宣言し、自ら実行して、社員の行動を後押しすることが、最優先事項を守らせるためには不可欠なのです。