外村仁氏は、なぜ愛車のテスラを新しいモデルに買い換えたのか

ダイヤモンド・オンライン 4月11日(月)8時0分配信
 エバーノート本社で採用された最初の日本人で、シリコンバレーでよく知られる外村仁氏が、テスラ「モデルS」から「モデルX」のアップグレードを行った。なぜ買って間もないモデルSを手放したのか。納車日の模様にジャーナリストの瀧口範子氏が密着した。

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● 納車は工場で行う

 電気自動車メーカーのテスラにとって、2016年3月31日は特別な日だった。

 その夜8時半にロサンゼルスでは「モデル3」の発表会が予定されており、共同創設者兼CEOのイーロン・マスク自らが基本価格3万5000ドルの、言わば初めて一般向けとも言える価格帯での新モデル製造をアピールすることになっていた。

 そして日中、同じカリフォルニア州のサンホセ近郊のフリーモントの同社工場では、納車センターとして特別テントが張られ、その中で「モデルS」や「モデルX」を受け取りに来た顧客が担当者から車の説明を受けていた。

 驚くのはそこに並べられた新車の数、そして切れることなくそれを取りにくる客の流れだ。シリコンバレーではテスラ車を見かけることはもう珍しくなくなったが、こんなにたくさん客がいるのかと驚くほどである。SUVタイプのモデルXの受け渡しは昨年12月から徐々に始まっていたが、ことにこの日は四半期の末日、全社を上げて出荷台数の押し上げに励んでいる様子で、次から次へと客がやってくるのだ。

 そのテントの中で説明を受けている客のひとりが、外村仁氏である。外村氏は3年前からテスラ「モデルS」に乗る、アーリー・アダプターのひとり。その日は、「モデルS」から「モデルX」へアップグレードするためにやってきた。

● すべての顧客は 実車を見ずに注文する

 先に進む前に、ここで外村氏の紹介をしよう。エバーノートがまだ社員20人ほどの時代に参画した日本人である外村氏は、シリコンバレーの日本人の要的存在と言える。東京大学工学部出身、ベイン&カンパニー、アップルを経て、スイス国際経営大学院でMBAを取得。シリコンバレーでは、ストリーミング技術のスタートアップ起業経験も持ち、幅広い人脈の持ち主。数々のスタートアップへのアドバイザーを務めるほか、シリコンバレーに研修にやってくる高校生や大学生らにも協力を惜しまない。彼の元へは日本の大臣や政治家らも見聞を広めにやってくる。

 その日、外村氏は家族と一緒に「モデルS」に乗ってここへ来た。テスラでは新車受け渡しの際に工場見学もできることになっており、外村家にとってはそれも楽しみのひとつだ。3年前から工場がどう変わっているのかも目にできる。

 新車を取りに来た客は、まず工場の一角に設けられた「納車エクスペリエンス」と名付けられたコーナーで登録をする。いったいどんなエクスペリエンスが待っているのかと、楽しみになるような名前だ。iPadに入力して、飲み物を取って来てソファでくつろぐことしばし、小箱を手にした担当者がやってきて自己紹介した。本日の納車担当だ。その彼に導かれて、テントへ入っていく。

 「青にしたんだったよね」と外村氏と夫人は、テントに並んだ中から青い車を探しつつ歩を進める。実は「モデルX」の注文はすべてオンラインで行われ、実際の車体も見ていないという。これは外村氏だけではなく、モデルXを注文しオプション選択をやったすべての客がそうだ。テスラでは注文時に見本車もなかったのだ


ちなみに、車の寸法も明らかにされていなかったという。そうした情報もなしに購入を決めるとは、ファンのテスラへの信頼は、これほどに高いかと知らされる。したがって、青の色もスクリーンで見ただけである。

 担当者が指差した注文車は、ブルー・グレーの渋い色調で照明に照らされて輝いていた。車の後ろにはパーティーで使われるようなハイテーブルがあり、そこに外村氏の客番号の札と共に花が飾られている。

● どうしても欲しかった オートパイロット機能

 担当者による説明は、車体前方のトランクから始まったが、あっと言う間に目玉のファルコンウィングへと進んだ。ハンドルに軽くタッチするだけで、鳥が飛び立つようにドアが翼を広げる。イメージとは逆に、実際にはほとんど横幅を取らずに後部ドアが開けられるしくみだ。

 次に後部へ回り、ハッチを開けて、3列に7シート並んだ車内を見渡す。「モデルX」は写真で見るとコンパクトに見えるが、実際には「モデルS」より一回り以上大きく、後部には前方とは別のトランクスペースも確保されている。見た目はセダン風だが、「SUV」とテスラ社員が口にする理由が、そのボリュームを見て納得できるといったところだ。

 一通り外を回ると、今度はドライバー席に乗り込み、テスラ特有の大スクリーンを見ながら説明が続く。とりわけ外村氏が熱心に聞いていたのが、「オートパイロット機能」の部分だ。

 何を隠そう、外村氏が逡巡の挙げ句に「モデルX」購入を決心したのは、このオートパイロット機能のためだ。オートパイロットは、高速上でほぼ自動走行状態にできる機能で、テスラは2014年秋以降からそれに合わせたハードウェアを「モデルS」に搭載し始めた。

 実際にオートパイロットのソフトウェア・アップデートが行われたのは2015年10月だが、カメラやセンサーなどのハードウェアなしではオートパイロット機能は使えない。2013年に「モデルS」を手に入れていた外村氏の愛車にも、ハードウェアがついていないのだった。

 このオートパロット機能の発表に際しては、「モデルS」所有者からの苦情がテスラに殺到した。ことにイーロン・マスクの発表の直前に「モデルS」を受け取った人々の怒りは想像に難くない。数日違いで同じモデルを買ったのに、機能上は明らかに劣る。「一夜にして自分のモデルSの価値が激減した」と悔しさをぶちまける人々がいた。テスラのフォーラムを見ると、自ら改造してハードウェアを搭載してレトロフィットを行った強者もいるようだが、テスラは会社としてはレトロフィットを行わない


外村氏も同様だった。あの当時テスラは株価が低迷し、倒産するのではないかとも言われていた。新しいことに挑むイーロン・マスクを応援する気持ちもあって、リスクをとってテスラ車を買った初期ユーザーへの仕打ちとしてはあまりにひどい。

 外村氏は考えあぐねた末に、「オートパイロットなしではテスラに乗っている意味がないんじゃないか。これでは未来のトランスポテーションが味わえない」と買い替えを決心し、5000ドルの予約金を払ったのが2015年春だった。その際、同じ買い替えるなら、新しい「モデルS」ではなく「モデルX」かと悩む外村氏の背中を推したのは、肝の座った夫人だった。かくして、高い「モデルS」からさらに高い「モデルX」へのアップグレードとなった次第だ。モデルXの基本価格は8万ドルである。

● テスラに乗る理由は 自分に対する“鞭”

 ところで、そもそも外村氏がテスラに乗る理由は何なのか。確かに「見せびらかし屋」であることも自認する。だが、もう少し大切な理由は、それが「自分に対する鞭」でもあるからだ。

 「シリコンバレーの話を講演や学生相手に話す時、自分の現実の体験を元に話したいという気持ちが強い。ここで住んでいる、ここで仕事をしている、こういう人たちと話している。そういうすべてにおいて初心に返って、自分を追い込んでいる。自分を鞭打っているんです」。そしてその鞭のひとつがシリコンバレーでテスラに乗り、テスラを所有する体験であるということなのだ。

 「日本から来る大臣や政治家も、テスラに乗って加速するとびっくりする。使い倒して下さいと、運転してもらうこともあります。百聞は一見にしかずでしょう。正しい意識を持って欲しいから、せっかく来た人には実体験してもらいたい。ただ、なんでそれを僕が自腹を切ってやっているのかは、自分でも不明なんですけれどね(笑)」

 オートパイロットと共にソフトウェア・アップデート時に可能になった機能には、自動縦列駐車や呼び出し機能もある。呼び出し機能は、ガレージの外まで車が出て来てくれる機能。家に戻った時にも、ドライバーはガレージの外で車を降りればいい。あとは、ガレージのドアを開け、中に入るといったことを車が自動的にやる。

 「もう車はロボットになった」とひしひし感じさせられる機能なのだが、テスラのサイトには、こう書かれている。「とりあえずはご自宅でこの機能に慣れて下さい。そのうち、お客様がアメリカのどこにいらっしゃっても車がお迎えに上がります」。外村氏が感じたように、オートパイロットをはじめとしたこれら一連の機能は、未来のトランスポテーションを一足先に体験させてくれるものなのだ。シリコンバレーでテスラがたくさん走っている理由もそこにある。

 さらに「モデルX」には、ドライバーが近づいてくるとドライバー側のドアが自動的に開く「self-presenting door」という機能、「生物兵器の攻撃も防衛できる」というHEPAフィルターなどがついている。生物兵器とはずいぶん大げさなことだが、本当にそう書かれているのだ。「そんな攻撃があれば、車に入る前に呼吸困難で死ぬだろう」と外村氏は見るが、前者の自動ドア機能に惹かれて仕方がない。その他の機能も含めて、これらがオプションパッケージになっているので、これも追加することに。これで4500ドル也

● “コンフィグの罠”にはめる 巧みな仕掛け

 そのオプションだが、ここで外村氏はさらに悶絶した。外村氏は、2台のテスラ車を買った経験から、オプションを選ぶ際にテスラの「コンフィグ(コンフィギュレーション)の罠」がいくつもあるのを痛感した。「モデルX」の場合は次のようなものだ。

 まず、「モデルX」には価格帯の異なる3モデルがあるが、基本価格のベースモデルはこれまでモデルSに乗っていた自分には魅力がなさ過ぎる。価格が高い方の2モデルを精査したところ、モーターの性能、追加バッテリーのコストなど一長一短があるのがわかる。ただ、これだけはどうしてもと動かされたのは、納車の時期だ。最高価格モデルならば2016年初頭だが、次の中価格モデルは同年半ば以降。早く欲しくてたまらないファンを罠にかける戦術だ。

 次の罠は、シートの数だった。「モデルX」は7シートが売りだったが、何と7人シートまで装備「可能」というだけで、基本価格では5シートしかついてない。6シートにすれば3000ドル、7シートにすれば4000ドルとなる。こちらも7シートを選んで4000ドル也。

 3つめの罠は、先述した自動ドア機能だ。カーボン・フィルター、車内LED照明、レザー使いのインテリア部分などが同じパッケージに含まれている。どちらでもいいものの中にとても欲しい機能が含まれていて、仕方なく追加してしまうという罠だ。

 これらオプションは数百ドルなどという選択肢はなく、選べばどれも数千ドル単位で最終価格が膨らんでいく。3モデル間の基本価格差は数万ドルだ。ゼロの数が多い。しかも、そうしたオプションを、実際の車を見ることなく選ばなくてはならなかったのである。

 外村氏は、日常生活では「1ドルや2ドルのクーポンを大切に使ったりする」タイプなのだそうだ。それがテスラではケタはずれに大胆にならざるを得ない。

● 高いモデルほど納車が早い

 テスラは、最初に基本価格10万1500ドルの「ロードスター」を発売し、次に7万ドルの「モデルS」、さらに8万ドルのSUV型「モデルX」を発売、そして先頃新たに3万5000ドルの「モデル3」を加えた。基本的には、高いモデルから上がった売り上げで後続の安いモデルの開発と製造をサポートする。

 外村氏は、この同じ構図がひとつのモデルの中でも成立していると見る。高価格のモデルを買う客には早く納車する。驚いたことに、「モデルX」の最高価格モデルを買っても、シートを基本形の5つのままにすると、納車が中価格モデルと同じになってしまう。また、オプションの中にはソフトウェア・スイッチをオンにするだけに数1000ドルかかるものもあり、よくわかる客にとっては解せないところもあるはずだ


こうして外村氏が納車担当者の説明を聞くうちにも、他の顧客は次々と新車に乗り込み、笑顔のハッピーカスタマーとなって工場を後にしている。中にはティーンエージャーかと見まがうような中国系女性もいた。

 この頃、夜に予定されているイーロン・マスクの「モデル3」発表に合わせて、各地のテスラ・ショールームでは予約販売がまもなく始まろうとしていた。サンホセ近くのハイエンドなモール内のショールームには1000人以上の行列ができたとのことで、担当者が嬉しそうにツイッターに上げられたビデオを見せてくれる。ここにも、否応なくその興奮が伝わってくるようだった。

 もうひとつ、今回の購入で外村氏が気づいたのは納車担当者たちの混乱ぶりだ。その日外村氏の納車担当になったのは、社内の「Cクラス(最高経営幹部)」の直属部下にあたる人物で、その日の全社を上げた奮闘ぶりが感じられた。だが、それ以外では入れ替わり立ち替わり社員が近づいてきて、さまざまなことを言っていく。人海戦術というよりは、少々混乱気味だ。メールでのやりとりでも、オプションを選んだ後、ずっと先に予定されるはずの納車の連絡がいきなり来たり、そのメールが錯綜したりしていたという。

 「企業の全パワーが一定だとすると、テスラは今、丁寧な電話やアフターサービスにかけるパワーがない。そんなことをするとイノベーションができなくなってしまう。開発には優秀な人材を集めたが、納車担当者は急に寄せ集めたのではないか。日本では客が完璧なカスタマーサービスを求めるが、会社としては安全性とイノベーションという最低の基本型からスタートして、学びながら向上させていく、こういうやり方があってもいいのではないか」と外村氏は見る。

 この日、テスラが予約販売を開始した「モデル3」は、24時間で18万台の注文を受け、その後4月2日が終わるまでにその数は27万6000台になったと、イーロン・マスクはツイートしている。外村氏は、この3月31日は「テスラがアップルになった日」だと言う。テスラ人気が、広く一般へ一気に飛び火したのだ。

 買ったばかりの「モデルX」に乗って、外村氏はテスラを後にした。折しも帰宅のラッシュアワーでハイウェイは混み合っている。さっそくのオートパイロット機能は試せただろうか。

瀧口範子

    最終更新:4月14日(木)11時40分
    ダイヤモンド・オンライン