絶体絶命を乗り越えて黒字化したANAの国際線

ダイヤモンド・オンライン 3月14日(月)8時0分配信
 ANAは、この3月3日で、国際定期便運航の開始から30周年を迎えた。実はANAの国際線は当初から18年間も赤字が続き、一時は撤退論すら議論された。幾度にわたる試練を乗り越えてきた原動力は、純粋民間企業としての自負、ライバルに追いつけ追い越せという競争心、そして将来成長するには国際線しかないという全社員の危機感の共有だ。

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● 規制を打破して念願の就航 18年間赤字続きでも挑み続けた国際線

 ANAにとって初の国際定期便である成田~グアム線第1便が飛び立ったのは、1986年3月3日のこと。それまでにも国際チャーター便で約100万人のお客さまにご利用いただいていたのだが、国際定期便の実現により、航空規制に風穴が開けられたことは感慨深かった。

 当時のANAは、国内線でもJALに後塵を拝していた時代だ。私が入社した74年当時のANAの羽田と大阪、福岡、札幌を結ぶ、いわゆる幹線シェアはJALに大きく劣後していた。

 それもこれも「45/47体制」と言われる航空規制のためだ。要するに、JALは「国際線+国内幹線」、ANAは「国内幹線+地方路線」、東亜国内航空(当時)は「地方路線+将来的な国内幹線」と棲み分ける、という規制だ。なにしろ当時のJALは100%国営会社。政治家も旧運輸省幹部も「国際線はJAL」というのが当たり前のことであり、「一民間航空会社が国際線の就航をめざすなど、もっての外」という時代だった。
 
 今やANAの社員でも「45/47体制」に苦しんだ時代を知る人は少なくなった。単純に旅客輸送売上高だけで比較すれば、国際線は4683億円と、国内線の6833億円にじわじわと近づいている(2014年度)。

 しかし、この間の道のりは決して順風満帆だったわけではなく、国際線はスタートからなんと18年間にもわたって、赤字が続いた。ひどい時には、500億円近い赤字の年もあった。利益が出るようになってきたのは2004年度になってからだ。

 なぜ赤字が続いたのか。国際線はグアム便以降、成田を拠点にロサンゼルス、ワシントンD.C.、大連、北京、香港、シドニーなどへ矢継ぎ早に就航路線を増やしていった。しかし就航地点が増える一方で、運航便数は週2~3便という路線が多くなってしまっていた。

 ANAの国際線を頻繁に利用してくださるお客さまに聞くと、「隣の席がいつも空いていて、ゆっくりと休めていいね」という返事が返ってきて、がっくり肩を落としたことを今でも覚えている。そこで学んだことは、デイリー(毎日)運航でなければ、ビジネスでのお客さまを取り込むのは難しいということだった。

 それもこれも成田の発着枠に制約があり、新参者であるANAが増便する余地がほとんどなかったからだ。それでも席を埋めようと頑張るが、結局、安売りに頼らざるを得なくなり、収益が出ない


関西国際空港が開港したときには、「ここを拠点に反転攻勢に出よう」と路線を拡大したが、当時の関空発着路線では集客は難しく、多くの路線から撤退を余儀なくされた。

 社内では「国際線など止めてしまえ」という撤退論がわき起こり、まさに国際線の存亡の危機が続いた。

 国際線事業に転機が訪れたのが、98年の日米航空交渉だった。ここでANAは、インカンバント・キャリアといって、日米航空協定において日米間の路線便数を自由に設定できる航空会社に、念願叶ってなったのだ。そしてもう1つ、99年にスターアライアンスに加盟したことも大きな転機だった。

 実は国際線に進出したものの、ANAの国際線マーケティングはまだ稚拙で、路線需要予測の精度も低かった。しかしスターアライアンスに加盟したことで国際線ビジネスのあり方について多くを学んだ。路線を整理し、ビジネス路線に注力して毎日飛ばす、という方針転換がなされたのも大きなターニングポイントであった。

 当時のスターアライアンスの構想は、加盟航空会社のマーケティング機能をすべて吸い上げて一体経営を実現する、というほど踏み込んだものだった。実際、加盟社を集めて「本社をどこに置くか」という議論さえしていた。さすがに加盟賛成派の社員でも、スターアライアンスに「呑み込まれるのではないか」と危惧する人も少なくなかった。

 だが国際線で生き残るには、アライアンスを活用するしか道はない。当時私は、路線開設などに関わる仕事をしていたが、われわれ部課長クラスの“青年将校”たちは、スターアライアンス入りを熱望した。日本の人口構成やアジアの発展・成長を見れば、どう考えても国際線で成長していくしかない。国内線で育ててもらった会社でもあり、国内線は引き続き重要な事業であるが、今後は国際線という柱を育てなければ国内線も守れなくなる。そういう思いだった。

 ともあれ、日米間でのインカンバント・キャリアの認定とスターアライアンスへの加盟で、ANAの国際線事業はやっと光明を見いだせた。ビジネス路線に注力し、アライアンスを組む航空会社とのネットワークをフルに活用する。例えばマイレージ会員もANAだけならば3000万人弱だが、スターアライアンス加盟航空会社を加えれば2億人以上である。相互利用は1社ではなしえないメリットを生み出す。

 またデイリー運航にこぎ着けても、1日1往復のためだけに空港ラウンジを1社で運営するのは非効率だ。アライアンスのメンバー会社全体でラウンジ費用を分担し合えば、大幅なコストダウンになる。

 さらにはデータ通信回線の相互利用や燃料の共同調達など、コスト削減効果はあらゆる場面に及ぶ


「現在窮乏、将来有望」企業の意地

 それにしても、国際線の歴史は危機だらけだった。2001年のアメリカ同時多発テロ(通称9.11)、02~03年に蔓延した重症急性呼吸器症候群(SARS)、そして02年のJAL・JAS統合など、大きな事件に翻弄され続けた。9.11の直後は、シカゴ便のお客様がたった3人という日もあった。SARSの流行時には、お客様がほぼゼロの便もあり、「全日本空輸」ではなく「全日、空(毎日からっぽ)航空」と揶揄されたりもした。

 9.11ではシカゴ路線を一時休止したし、ワシントン便も減便した。02年のJAL・JAS統合では、それまでJALを凌駕していたはずの国内線までもJALに劣後するようになった。当時、ある方から「全日空さん、大変だね」と勝ち誇ったように言われ、私の闘争心に火がついたことを覚えている。JAL・JAS統合は我々の事業運営に大きな影響を及ぼしたが、同時に、全社員に危機意識が芽生え、それが次の成長への原動力になっていったことも事実である。

 アライアンスを活用した戦略が奏功し、国際線が念願の黒字化を果たしたのは04年度で、進出から18年を要した。「やっと」というのが本音だった。そして現在、羽田空港を国際線の拠点としても活用できるようになり、地方から羽田経由で海外へというルートもできるようになった。国際線と国内線がシームレスにつながり、いよいよ、ANAのネットワークを存分に生かせる環境が整ってきたのだ。

 振り返ると、国際線の黒字化は無配からの立て直しと軌を一にするし、JAL・JAS統合に対するかつてない危機感をバネに動いてきたと言ってもいい。

 赤字を続ける国際線の影響もあり、ANAは1997年度決算から無配に陥り、以後、6期連続で無配を続けた。2001年に社長に就任した大橋(洋治)は、「明るいリストラ」と言って、そのキャラクターを前面に出しながらも、厳しい経営改革に挑んでいた。改革は、路線の見直しやアライアンス各社間の連携強化、そして従業員の給与にも及び、その改革に聖域はなかった。

 そこにJALとJASが統合し、ANAの強みだったはずの国内線でも大打撃を受けた。例えば、統合記念のマイレージキャンペーンなどにより、ANAの国内線シェアは、大きく切り崩されて強烈な負けを喫してしまった。

 「我々は、国内線でも決して優位とはいえない」。この強烈な危機感が、大橋の改革に社員の気持ちを結集させる大きな力となった。挫折をきっかけに全社一丸となって、国際線の黒字化と復配に向かうことができたのだ。非常に厳しい時代だったが、私が一番、やりがいを感じていた時代だったかもしれない。

 こうした波瀾万丈をなんとか乗り越えるなかで私たちは「イベントリスク」と呼ぶ大災害や大事件の発生に対する心構えができてきた。例えばANAは07年に13の全日空ホテルを売却する。ホテル事業は非常に愛着のある事業だったが、投資負担も大きい。「国際線が黒字になり、収益に一定の力があるうちに、選択と集中を進めて財務基盤を固めておくべきだ」。ANAは、そういう考え方ができるようになっていた。


全日空ホテルの売却額は約2800億円で、約1300億円の特別利益を計上できた。この資金を元に新型航空機のボーイング787などを発注できるようになった。それが08年に起きたリーマンショック後の立ち直りの時期に、将来の成長に備えて戦略的な機材をしっかりと確保できたことにつながっていた。

 国際線では高い授業料を払い続けたが、その経験は決して無駄ではなかったし、そのおかげで今の経営があるという思いもある。

 ANAの社員は、愛社精神が強い人が多い。また、民間企業でやってきたというDNAを自覚してもいる。その背景にあるのがライバル会社に対する一種独特の競争心であり、永遠のライバルに対するエネルギーの発露があるように思う。

 純民間航空会社としてヘリコプター2機からスタートした会社であり、「現在窮乏、将来有望」と言われながら、常に金策に駆けずり回ってきた。数々の危機を乗り切ってこられたのも、そういったDNAのおかげかもしれない。

● 超大型機A380を ハワイ路線に投入する理由

 現在、国際線の拡充を続けるANAの様子を見て、「ANAは、かつてJALが失敗した拡大路線を歩んでいるのではないか」と危惧する人がいるが、それはまったく違う。

 現在のANAには「売る力」がある。これはアライアンスに負うところが大きい。例えばヨーロッパ線ならばルフトハンザの力が私たちのパワーになるし、北米路線ならばユナイテッドの便名で売れる。実際、ANAの飛行機にルフトハンザ便名や、ユナイテッド便名で搭乗されているお客様はたくさんいる。例えばドイツへは現在、ミュンヘン、フランクフルト2便、デュッセルドルフと、毎日4便を運航しているが、全便がルフトハンザ便との乗り継ぎ利便性を考慮したスケジュールになっている。

 また、かつてのJALのように全て自前で路線展開ができるような事業規模にもなかったANAは、そもそも「自分たちだけではできない」と自覚していたから、アライアンスをどう生かすかに知恵を絞り、ポイント・ツー・ポイントだけではなく、乗り継ぎ需要も含めたネットワークの充実という視点で取り組んできた。その積み重ねが「売る力」となって現れているのだろう。

 現在は、JALも失敗を繰り返さないような仕組みをつくっていると思うが、往年の規模を回復できるまでにはなっていない。実は、日本人海外旅行者が日本の航空会社を利用される割合は3割程度、訪日外国人に至っては2割弱に過ぎない。昨今の訪日需要の伸びから考えても、ANAもJALも国際線ネットワークの充実はまだまだ可能である。これからも熾烈な競争は変わらないだろう。

 もう1つANAとJALの国際線の路線展開に少し違いがあるように思う。どちらかといえば、リゾート路線を含めて全方位に路線が充実しているJALと「ビジネス路線」を中心に展開しているANAといった具合に


JALの国際線は、我々に比べてホノルルやグアムなどのリゾート路線でのシェアが高い。しかしANAはそうした路線にはほとんど力を注がず、ビジネス路線に注力してきた。赤字が続くなかで国際線の路線改革を行った際に、ホノルル線を減便するなど、収益の出にくいリゾート路線を中心に整理した。

 一方、ビジネス路線は、アライアンス内での協働でシナジー効果を生み出して新たな需要を喚起でき、収益率も維持しやすい。

 例えば15年に成田~ヒューストンの直行便路線を開設したが、すでに就航していたユナイテッドにすれば、その区間だけみれば、競合となるANAが入ってこない方がありがたい。当初は、「本当にヒューストンに就航するのか? 」という顔をされた。

 しかし、1便しかなかったものが2便飛んでいるということになれば、ネットワーク効果で新しい需要を取り込める。しかもヒューストンからはメキシコやリオデジャネイロなどへの、ユナイテッドの路線を活用した、乗り継ぎ需要を喚起できる。こうした利便性がビジネスのお客さまには支持をいただける前提になる。

 そして国際線の路線拡大の原動力となるのが、ボーイング787だ。航空機の航続距離の性能上、かつてはジャンボやボーイング777といった、300席以上の大型機で飛ばざるを得なかった長距離路線が、運航コストの低位な中型機での運航が可能となることから、例えばサンノゼやブリュッセル、メキシコなど、300席までは需要の見込めない路線であっても、160席で7~8割の搭乗率を稼ぐことができれば、十分に収益が確保できる。それにより、国際線のネットワーク自由度は飛躍的に高まる。やはりネットワーク自由度の向上こそが国際線ビジネスの勝負の分かれ目となる。B787はまさにゲームチェンジャーであったと思う。

 1つ付け加えれば、ANAはエアバスの超大型機A380を導入してハワイ路線に投入する予定だ。これは、従来より「ビジネス路線」に注力してきた半面、ANAのネットワークの中で、リゾート路線が相対的に劣後となっており、長期的な戦略を見据える中で、リゾート路線の強化が課題となっているためだ。そういった中で、リゾートの象徴的な路線であるハワイ路線に注目した。

 ANAは現在、ハワイ路線に約200席のボーイング767を1日3便飛ばしている。ハワイへは日本から年間150万人が訪れ、その輸送シェアはANAが10%、JALが37%、他の航空会社が53%という状況だ。ANAの平均搭乗率は94%、つまり年間通じてほぼ満席だ。

 これは、リゾート路線かビジネス路線かということよりも、高需要路線にANAが十分に対応できていないということに他ならない。A380の導入によりANAの輸送キャパシティが1日あたり1000席ほど増えることに、心配の声も耳に入るが、それでも現在のシェアが24%になるに過ぎない。ANAにとって、リゾート路線は後発参入と言ってもよい。

 シェアの拡大に向けて、ファーストクラスの設定など独自のハワイ路線のサービスも検討するとともに、500席以上という座席規模を生かして、国内線からの接続や、アジアや中国からの接続需要の喚起、またマイル償還の充実など、さらなるお客様の利便性向上によって競争力を強化し、堅調な需要をしっかりとご搭乗に結びつけていきたい。ANAがやれば、絶対に競争力の高いサービスを提供できるという検討の結果としての決断だ。
伊東信一郎




    最終更新:3月14日(月)9時45分
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