内蔵SPでハイレゾ再生

初の “ハイレゾ対応PC” に込めたこだわりとは? 富士通FMV開発陣に聞く

コヤマタカヒロ

2015年05月25日
富士通が先日発表した、ハイレゾ音源の再生にも対応するスペックのスピーカーを内蔵したオールインワンPC“FMV”「ESPRIMO FH77/UD」「ESPRIMO FH52/U」(関連ニュース)。同製品の狙いや開発背景、技術的な特徴などについて、PCやデジタル家電系ライターのコヤマタカヒロ氏が富士通の開発陣に聞いた。

■ハイレゾとデスクトップPCユーザーは相性が良い

富士通は5月18日、2015年夏モデルのPCを発表した。その中で注目したいのが、23型液晶を一体化したデスクトップPC「ESPRIMO FH77/UD」「ESPRIMO FH52/U」だ。3波デュアルチューナーを搭載するいわゆる「テレパソ」で、テレビ放送の録画再生ができる他、スマートフォンなどへのリモート配信機能も搭載している。

このモデルの最大の特徴が、新たにパイオニアと共同開発した、ハイレゾ音源が再生できるスピーカーを搭載したこと。外部スピーカーなどを用意することなく、内蔵スピーカーだけでハイレゾサウンドを楽しむことができるのだ。
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パイオニアと共同開発したハイレゾ対応スピーカーを搭載

これまでもPCやデジタル音楽に詳しいユーザーの間では、PCを使ったハイレゾ音源の再生は楽しまれてきた。しかし、それはPC以外にUSB-DACやスピーカーなどの周辺機器を揃えて楽しむ世界。単体でハイレゾ音楽が楽しめるPCは登場していなかった。「ESPRIMO FH77/UD」は単体でハイレゾが楽しめる最初のモデルということになる。2015年夏モデルでのハイレゾ対応について、製品の企画を担当した林部圭司氏はさまざまなタイミングの一致があったと語る。

「これまでも弊社のデスクトップPCは、テレビ機能の搭載やサブウーファーや大きなスピーカーを採用など、AVに関してさまざまな取り組みをしてきました。というのも、過半数のユーザーがパソコンで音楽を楽しんでいる。そして音質を重視しているとう調査結果があります。そこで、もっと臨場感を高めたり、ライブ感に近い音を楽しんいただきたいという思いから、今回、ハイレゾに対応させていただきました」。

「このタイミングは、去年、日本音楽協会などで『ハイレゾ』が定義されたこと、配信される楽曲が非常に増えたこと、またそれらによってお客様の認知度が上がってきたことがあります。お客様にいい音を届けるというキーワードとして『ハイレゾ』に対応しました」(林部氏)。

富士通は今回、ハイレゾ楽曲を積極的に配信している「e-onkyo music」と連携。同モデルを購入すると、約10万曲のハイレゾ楽曲の中から、1曲を無料でダウンロードできるクーポンを先着5,000名にプレゼントするキャンペーンも用意している。

しかし、普及段階に入ったとはいえ、CDなど一般的な音源に比べればまだまだ楽曲は限られているなど、ハイレゾを楽しむためのハードルは決して低くない。マスをターゲットに開発されているメーカー製のデスクトップPCとハイレゾ音楽はマッチするのだろうか。林部氏とともに企画を担当する丸子正道氏は、デスクトップPCを購入するユーザーと現在登場しているハイレゾ楽曲は相性がいいと語る。
「まず、デスクトップPCは年配の方が購入されることが多いんです。そして、年配の方にファンが多いクラシックにも多くのハイレゾ楽曲が登場しています」。

「また、いまハイレゾ楽曲でヒットしているのが、昭和の歌謡曲です。ここも製品のターゲットとマッチしています。この市場が盛り上がって来たことが、我々がハイレゾ対応を考えたポイントになると思います」。

「30代、40代の方には、アニソンなども多数あり盛り上がっていますので、広い層に楽しんで貰えるのではと思っています」(丸子氏)。

■ハイレゾ対応のために磁性流体トゥイーターを追加

ではハイレゾ対応を実現した具体的なポイントをチェックしていこう。ハイレゾ音源を再生するために欠かせないのが、ハイレゾの高解像なサウンドを再現できるスピーカーが必須だ。これはいわゆるPC内蔵スピーカーでは実現できない。そこで最初に行ったのが、スピーカーの開発だったという。そこに取り組んだのが、富士通のすべてのパソコンでサウンド周りを監修する村松芳夫氏だ。

「ハイレゾの定義には団体や業界によって違いがあるのですが、PCである以上、一般的な192kHz/24bitのPCMファイルの扱いは全く問題ありません。開発が必要なのはスピーカーなどのアナログの部分です。従来PCでは、高域に関しては20kHzまで再生できていればいいと考えていた。これよりも上の音も出ているんですが、あまり出し過ぎるとノイズ源になったり、低域側に悪さをしたりするので、落とす方向でいたのです。まずは、それを40kHzまで出るようにしました」(村松氏)。

これまでのPCで再生するサウンドは、MP3などの圧縮音源か、音楽CDの音、そしてテレビやDVD、BDのサウンドだ。この場合、ハイレゾのような広帯域の再現性は求められず、どちらかというと、サラウンド感や迫力、音圧を重視して開発してきたという。これはハイレゾ再生のためのスピーカー設計とはまた異なる方向だ。

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薄型ボディながらハイレゾ帯域再生も可能に
「従来モデルでは、1つのスピーカーユニットで低域から高域まで鳴らしていました。我々がメインターゲットに考えている顧客層のニーズは音圧重視、しっかりとしたボリュームで鳴ることだったので、楕円形のユニットを使って、音圧を稼ぐ設計になっていました。しかし、その分、どうしても高域は伸びない。特に20kHzより上の音は暴れてうるさい音になるので抑えていました」。

「そこで今回、ハイレゾに対応したクリアな高域を再現するために、トゥイーターを別途搭載することにしました。高域をトゥイーターに任せることで、40kHzまでクリアに再生できるようにしています」(村松氏)。

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スピーカーユニット。新たにトゥイーターを追加した
■新筐体は高音質化のために徹底してこだわった

当然ながらトゥイーターの搭載はコストアップとなる。しかし、内蔵スピーカーでハイレゾを再現するためには、それは欠かせないポイントだった。しかも、単に高音を担当するトゥイーターを付けたというだけではなく、よりキレイな音が出るようにと磁性流体のトゥイーターを採用している。これによって、振動板をリニアに動かすことができ、より高域のクリアな再現を可能としているという。そして、ハイレゾ対応をきっかけとした高音質化への取り組みはスピーカーにとどまらない
「トゥイーターを付けただけではなく、雑音が消える仕組みにもこだわってハイレゾ対応を実現しています。従来は、スピーカーの前面はデザインを重視して、モールドや塩ビのシールを配置してました。しかし、それだと開口率がとれなかったり、そこ自体が振動してしまうなど、好ましくない。そこで今回は金属のメッシュを採用しています」。

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スピーカーユニット内部の吸音材も材質の配合を試行錯誤したという
「また、スタンド部分はデザイン上モールドで覆われていますが、振動しないように芯にダイキャストを入れてがっちりと抑えています。また、裏側カバーも、一枚で成型すると振動して、音に影響が出るんです」。

「今回はハイレゾ対応ということで、細かな余韻の部分などを重視したいたと考え、ダンパーのようなモノを貼ることで、振動をコントロールして、音質をチューニングしています」(村松氏)。

これらのひとつひとつの取り組みを行っているのが、PCの筐体設計などをハードウエア全体を監修している木地正道氏だ。AV機器のように音だけにこだわることができたらもっと簡単だが、あくまでPCであるため、多くの制約があったと語る。

「『ESPRIMO FH77/UD』では筐体を刷新するに当たってハイレゾをやっていきたいと思っていましたが、そうはいってもあくまで一体型PCですから、本体を大きくもできません。あくまで省スペースである中でやらないといけない。また、USBインターフェイスやSDスロットを前面に配置して使いやすくした点も今回のモデルの特徴なのですが、『そのスペースをスピーカーに貰えたらもっといい音を作れるのに…』という思いもありましたね。せめぎ合いのなかで、パイオニアのエンジニアさんと一緒にこの形に落とし込んでいきました」(木地氏)。

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前面にUSB端子なども装備。使い勝手が高まる反面、当然ながらスピーカーのためのスペースが削られる。こうした制約を受けながらもハイレゾ再生対応を実現させた

こうしてハイレゾ対応スピーカーの搭載を実現した富士通の『ESPRIMO FH77/UD』。ソフト面では、現状はWindows Media Playerによるハイレゾ再生対応のため、再生できるのはWAV形式のハイレゾファイルのみとなっている。しかし、別途プレイヤーソフトを追加することでFLAC形式などの再生にも対応できる。また、この夏以降にアップグレード可能となるWindows 10では、Windows Media PlayerでもFLACファイルの再生ができるようなるようだ。

『ESPRIMO FH77/UD』は、スピーカーなどを別途購入することなく、ハイレゾ音源がすぐに楽しめるデスクトップPCだ。すでに高音質スピーカーやDACなどを使ってハイレゾ音源を楽しんでいる方には物足りない部分があるかもしれないが、こういった製品の登場により、ハイレゾを楽しむ方の裾野は大きく広がっていく。ハイレゾに興味を持っているが、PCに強くない方などにもおすすめしやすいモデルといえそうだ