「楯突いたら懲戒免職だ」こんな言葉がパワハラに 突然、訴えられないための自衛法

産経新聞 5月5日(火)20時17分配信

 パワーハラスメント(パワハラ)という言葉が日常的に使われるようになって久しい。「それ言ったらパワハラでしょ」といった冗談とも本音ともつきにくい会話が飛び交う職場も少なくない。それほどこのテーマは近ごろ身近になってきてはいるのだろうが、実際にどこからがパワハラになるのか、その線引きは難しい。ある日突然、訴えられないためには…(兼松康)

 ■仕事と関係ない打撃的な言動

 労働問題のうち、かつては解雇に関する相談件数が多かったが、近年ではパワハラを含む職場での「いじめ」によるものが急増しているという。こうした問題の案件を多く扱う笹山尚人弁護士は、「以前は表に出てこなかったものが顕在化したのが半分、純粋に紛争が増えたことが半分ではないか」と話す。

 かつての日本はいったん会社に入れば、定年まで勤めあげることが一般的だった。「当然、仲間として一緒に過ごす期間が長くなりやすいので、職場の仲間を人格的な破綻まで追い詰めるようなことは少なかったのではないか」

 ところが今は人員の入れ替わりも激しく、「正社員の中には派遣社員の名前すら分からない人もいるような時代。ストレスも多い社会でトラブルが起こりやすくなっている」のも事実だ。

 こうした背景も踏まえ、厚生労働省は平成24年1月、パワハラを「同じ職場で働く者に対し、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超え、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」と定義した。ただこれだと定義が広く、捉え方によってさまざまに解釈も可能で、「どんなことにも当てはまりやすい」。

 そうした点を踏まえ、笹山弁護士は「仕事と関係ない、あるいは関係の薄い打撃的な言動-これがパワハラといえるのではないか」と指摘する。

 笹山弁護士が担当したパワハラのケースでは「上司に口答えする奴(やつ)は会社にいらねえ」「一度でも楯突いたら懲戒免職にしてやる」「みんな、お前のことを必要ないと思っている」といった、ドラマでも見ているかのような激しい文言が実際にあったという。「考えられないような事例が次から次へと来るほど」事例は多い。

 ■同じことを言っても…

 「これじゃあ仕事ができていないじゃないか」

 職場で上司などが部下などに対して叱責する言葉としては、ごくごく一般的なものだろう。

 だが状況によっては、こうした言葉でさえもパワハラに発展することがある。

 できていなかった仕事の内容について、具体的にどうすればよかったのかという点について注意・叱責するならともかく、感情的にエスカレートして「だからお前はダメなんだ」といった能力や人格、人間性について発言すると、パワハラの一線を越えてしまう可能性があるからだ。

 「仕事上でどうしてほしかったのか、具体的なイメージを持って叱責するのが理想。例えば『こういう風に望まれていたのに、こうできなかっただろう』というならいいが、具体的な点を指摘せず、感情的になってしまい、人格などに言及してしまうケースは多い」

 ■上司と部下それぞれに…

 こういったやりとりをパワハラにしないために、上司は、そして部下はどうすればいいのか。スマートフォンやゲームなどいつでもどこでも一人で過ごせるツールが増え、人と人とのつながりが希薄になっているとの指摘も多い。

 「今はコミュニケーション能力が下がり、それがパワハラにつながる原因ともいわれるが、上司など優位に立つ側の人間は、相手の人間的な能力をよく見ることが必要」と笹山弁護士。自分が若手だった頃の感覚ではなく、「どういえば相手に伝わるか。同じ叱責でも伝え方は相手によって違う。その距離感が分からないうちは原則丁寧に対応することが大事」という。

 一方、部下は「職場の人間関係の風通しを良くすることが大事」という。職場でのいじめやパワハラなどを受ける人には「一定の傾向があり、立場や人間関係、性格など要因はいろいろあるが、職場で孤立している人が多い」という。

 そうした人に対しては、「攻撃しても大丈夫という意識が働きやすく、ターゲットになりやすい」といった面もある。そのため、職場で頼れる上司や同僚などの人間関係を作っておくことが重要になる。

 ■制度づくりの重要性

 とはいえ、正社員の中にいるたった1人の派遣社員など、どうしようもない状況なども考えられる。「個人の努力には限界があり、パワハラについて分かっていない上司が分かろうとしなければ、どんなに努力しても無意味」

 そのために、会社など組織での制度づくりが重要になってくる。

 「部課長級が『今の世の中が昔と違っており、どうパワハラを防ぐように取り組むか』という仕組みづくりが必要」で、パワハラをなくそうと努力している企業では、管理職向けの研修などを行うところも多い。東京都などの自治体でもセミナーを行っており、そこに人事関係者や部課長級を派遣している企業も多い。

 笹山弁護士は、パワハラにより精神疾患を抱え、自殺などにつながる例も多いことから、「パワハラは生命に関わる問題」と指摘。「叱り方に愛情があるかどうかによっても捉えられ方は異なる。昔、叱られたときと同様に、相手に愛情を持って叱っているかをチェックすることは大事」と話している。

    最終更新:5月5日(火)22時4分
    産経新聞