黒田を激怒させた藤浪は暗黙のルールを破ったのか?

THE PAGE 4月25日(土)23時26分配信
 

「なめとんか?」
 広島の黒田博樹(40)の口元は、そう言っているように見えた。

広島のホームで行われた25日の阪神戦。1―1で迎えた2回裏一死一塁。打席でバントの構えをしていた広島の黒田に対して、ボールカウント1-0から阪神の藤浪晋太郎(21)の投じた1球が、その顔あたりを襲う。黒田は、背中を向けて、転びながら、なんとか避けたが、続く3球目もぶつかりそうなほど厳しくインサイドへ。体を一回転させて、かわした黒田は、勢い余って、またお尻から転倒。血相を変えて起き上がると「おら!」と言葉を発しながらバットを持ったままマウンドへ歩みよった。

 藤浪は帽子をとって謝罪の意を示したが、両方のベンチから選手が一斉に飛び出してきた。怒りの醒めやらぬ黒田は、間に入ろうとする阪神の平田ヘッドに詰め寄った。緒方監督も和田監督と何やら口論。あわや大乱闘に発展しそうな騒動となった。

「藤浪君のバントをさせたくない気持ちはよくわかるが、2球続けてきたから。年齢は関係ない。自分の体は自分で守らねばならない。あそこで僕がヘラヘラしているようでは、チームにも影響を与えてしまう」
 試合後、黒田は、自らの行動をそう説明した。

 メジャーでは暗黙のルールと呼ばれる不文律がいくつか存在している。一方的な点差がついている試合での盗塁やバントなど、やってはならない侮辱行為で、その暗黙のルールのひとつに「ピッチャーへの厳しい内角攻めはやらない」というものがある。ドジャース時代にピッチャーが打席に立つナ・リーグで4年間プレーした黒田にしてみれば、その暗黙のルールは自然と身についているもの。メジャーの野球に詳しい評論家の与田剛氏は「メジャーだけでなく、日本でも基本的には、よほど勝敗に直結しない打席以外では、ピッチャーに対しては厳しく内角は攻めない。お互い本業であるピッチングに影響を与えるような攻めはしないという不文律は存在している」という。

 しかも、藤浪の内角への厳しい投球は、3球連続で続いた。黒田が怒るのも当然だったのかもしれないが、ただ、どう考えても藤浪の投球に故意性はなかった。本人も、試合後、「バントをやらせようと思って、しっかりと投げないまま(バント守備のために)先に走りだしてしまった。それで、ああいうボールになってしまった」と説明したが、ただでさえ、コントロールの荒れていた藤浪が、バント処理をあせるあまり、手先を乱しただけのことだ。

 前述の与田剛氏も「バント守備のため三塁側にマウンドを降りることを先に考えると、体の重心が浮き、リリースポイントが早くなり、右打者のインサイドへの抜け球になる可能性が高まる」と、解説する。例え故意でなくとも、それが3球も続けば暗黙のルールにあてはめる必要があるのだろうか?


黒田の行為を「大人げない」と批判するのは、阪神DCで評論家の掛布雅之氏だ。
「バッターはピッチャーが(死球を)狙ってきたかどうかは判別できるもの。藤浪の内角球は、故意ではなく、コントロールできなかっただけ。そこまでの他の打者に対する故意な内角攻めの伏線もなく、逆にコントロールが乱れていたことを見ればわかるだろう。巨人の菅野や中日の吉見のようなコントロールのいいピッチャーが2球も3球も、ああいうボールを続けたのならば怒るのもわかるが、相手は、藤浪なのだ。
 黒田は、メジャーで、そういう感覚が染み付いているのかもしれないが、それをあの場面に引っ張り出してくるのはいかがなものなのか。自らも調子が悪く、そのイライラも募っていたのではないか。大人気ない行動だったと思う。あの騒動の後に、藤浪のピッチングにも明らかに動揺が見えた。ただ、今後、遺恨を残すことはよくない。明日、藤浪が試合前に頭を下げて、ノーサイドにしておくべきだろう」
 掛布氏の意見は、阪神側の立場からであることを差し引いても一理ある。

 だが、一方で与田剛氏のように黒田の暗黒のルールに従っての行動を支持する意見もある。
「藤浪の帽子をとった行動や対応を見る限り、故意でないことはわかる。リリースポイントがバラバラで技術がなかったのだろう。ただ、そういう危ないボールが2球も続けば、腹を立てるのは当然の行為。おそらく黒田からすれば、藤浪の素質と実力を認めた上で『おまえ何やってんの?こんなとこでコントロールできないでどうするの? お互いもっと高いレベルで投げあいをしなければならないのでは?』というメッセージもこめて怒って行動を起こしたのではないか」

 結局、あわや乱闘になりかけた2回は、その藤浪の暴投と、黒田のファーストゴロの間に走者が三塁へ進み、ゴメスのタイムリーエラーが生まれて広島が勝ち越し点を奪った。その後も、広島は、阪神の守りのミスにつけこんで大量11点を奪い「11-3」のワンサイドゲームで黒田が3勝目を手にした。

 3打点を挙げた會澤が、試合後、「黒田さんに勝ちがついてよかったです。黒田さん?男気を感じます。なんとか1点という気持ちで打席に入りました」と語ったように、黒田の、例え19歳年下の投手に対しても、チームのために真剣に向かっていく姿が、大不振だった打線に火をつけることになった。黒田が「ヘラヘラしていればチームに影響を与える」とは、こういうことだったのである。

 試合後、黒田は、「お互いが勝ちたいと思うあまりに起きたこと。もうグラウンド上で起きたことを引きずることはない」と語った。藤浪は、決して暗黙のルールを破ったわけではなかったとは思うが、結果的にそうなったことで、黒田に「本当のプロの厳しさ」を教えられたのだと思う。黒田の言うように今回の乱闘寸前騒動を遺恨として引きずるのではなく、次の機会には「勝利のピッチング」という結果で黒田に“恩返し”をしてもらいたいものである。
(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)