







マランツ「HD-DAC1」レビュー(後編):ヘッドホンアンプとしての実力を野村ケンジが検証
野村ケンジ
全2回にわたるマランツのUSB-DAC/ヘッドホンアンプ「HD-DAC1」集中レビュー後編では、野村ケンジ氏がヘッドホンアンプにフォーカスしたテストを実施。HD-DAC1は、各社の様々なヘッドホンをどう鳴らしたのだろう。
「HD-DAC1」¥100,800(税抜)
「HD-DAC1集中レポート」これまでのコンテンツ
・マランツ「HD-DAC1」レビュー(前編):USB-DACとしての実力を山之内 正が聴く
・マランツ澤田氏に訊く、「HD-DAC1」で実現したHi-Fiアンプの理想形とは?
■マランツのアイデンティティをまとめ上げたUSB-DAC/ヘッドホンアンプ
マランツ初の据置型ヘッドホンアンプであり、単体USB-DACである「HD-DAC1」。上質感漂うアルミ製フロントパネルのセンターに、お馴染みとなっている丸型ディスプレイをレイアウトするなど、マランツならではのアイデンティティをしっかりと盛り込みながら、その一方で、デスクトップでの活用にちょうど良い幅25cm×奥行き27cmというコンパクトサイズにまとめ上げるなど、随所に個性あるコンセプトやアイデンティティが垣間見られるのが特徴だ。
今回はHD-DAC1のヘッドホンアンプにフォーカスしてレビューを行う
たとえばライン出力は、ボリュームの有無を切り替えるのではなく、「可変」と「固定」で2つの端子をそれぞれに用意。デジタルプリアンプとしてだけでなく、単体USB-DACとしても最良のサウンドが追求されている。また、電源部にはシールドケース付コアトランスを装備。コンデンサーにもニチコンのカスタム製品を採用するなど、音質的な妥協は一切せず、それでいて扱いやすいサイズ感との両立を実現している。
一方、デジタルパートには上級ネットワークプレーヤーと同グレードのシステムを搭載。さらに、44.1kHz系/48kHz系2つのクリスタルクロックを搭載してジッターを抑制。同時に、マランツ独自技術であるデジタル・アイソレーション・システムを回路構成に合わせて8素子16回路に増強するなど、最新モデルならではのアドバンテージも盛り込まれている。なお、音質の要となるDACは、マランツの高級モデルですっかりお馴染みとなったシーラス・ロジック製「CS4398」を採用。192kHz/24bitまでのリニアPCMに加え、5.6MHzまでのDSDファイルをネイティブ再生できるなど、十分なスペックを持ち合わせている。
■新開発の独自ヘッドホンアンプを搭載。音質にこだわりシングルエンド出力に特化
さて、「HD-DAC1」最大のアピールポイントであるヘッドホン出力は、6.3mmステレオ端子を用意。シングルエンドと呼ばれる、ごく一般的なものが装備されている。バランス出力が注目を集めている昨今、シングルエンドのみの“新製品”ヘッドホンアンプというのはかえって珍しくもあるが、それにはちゃんとした理由がある。
実はこの製品、次世代フラッグシップアンプ用に開発が進められていたアンプ回路の構成を、ヘッドホン出力として採用しているのだ。ヘッドホンアンプは独自の「HDAM-SA2」を使用した電流帰還型の電圧増幅段と、新開発の無帰還型出力バッファーアンプによる二段構成を採用。この後段側が、自身でゲイン(増幅)を持たず、ヘッドホンのドライブのみに集中したバッファーアンプとなっているのが特徴なのである。よって、どんなヘッドホンであってもその実力を十全に発揮させ、歪み感のないピュアなサウンドを楽しむことができる。このようなゴージャスなアンプを用いるとなると、HD-DAC1の筐体サイズ的に2回路しか収まりきらない。そこで、アンプ回路を妥協してバランス出力を搭載するよりは、シングルエンド出力に特化して音質を高めるヘッドホンアンプに仕上げたのだという
■ゲイン切り替えで音質の変化も楽しめる
HD-DAC1が搭載するヘッドホンアンプのゲイン切り替え機能にも注目したい。こちらは、ヘッドホンの幅広いインピーダンス特性に対応すべく、「Hi」から「Lo」まで3段階のゲイン切り替えが用意されている。このゲイン切り替えだが、そもそもHD-DAC1のヘッドホンアンプ部は非常に大きなパワーを持ち合わせているため、それを贅沢に活用することができるのだ。
HD-DAC1のゲイン切り替えは、電圧増幅段にフィードバックする電流量をコントロールすることで増幅度を調整しているのだが、結果、各ポジションによる音質的な変化も楽しめる。愛用のヘッドホンにぴったりのポジションを探りながら、自分好みのサウンドに微調整できるのは嬉しいポイントだ。
■アンプに高い性能が要求される「Q701」を悠々と鳴らす
さて、ここからはヘッドホン出力にフォーカスして、「HD-DAC1」のサウンドキャラクターをインプレッションしていこう。まずは、AKGの「Q701」から。ご承知の方も多いと思うが、実はこのQ701、バランス良く鳴らすためにはヘッドホンアンプ側に結構な駆動力の高さ(特に低域)と帯域バランスの良さを求める傾向にある。良質のヘッドホンアンプを組み合わせないと、高域ばかりが目立つ、聴きにくい音になってしまうのだ。
そんなQ701も、HD-DAC1は十全に鳴らしてくれる。ソリッドで、芯の強い低域がグイグイと押し出されてきて、それが伸びやかでピュアな高域と合わさり、ボーカルや楽器の演奏を一段と際立たせてくれる。同時にストレスの無い、大きく広がる音場感をも楽しませてくれる。ここまでQ701の実力を発揮させてくれるヘッドホンアンプはそうそうない。この1点だけでも、充分に価値ある存在といえる。ちなみにQ701のゲイン調整に関しては、「Low」か「Mid」がオススメだ。
■AKGの旗艦モデル「K812」とのコンビでは解像感、抑揚表現ともに文句のないレベル
続いてAKG「K812」で試聴。こちらはQ701に対してずいぶん鳴りやすいのものの、解像感や抑揚表現においてヘッドホンアンプの違いが顕著に出る製品だ。しかし、HD-DAC1で鳴らすと、解像感の高さ、抑揚表現の細やかさ共に文句なしのレベル。チェロのボーイングが弓の触りの感触まで手に取るように分かるくらい細やかなニュアンス再現を持つ。
オーケストラは、ダイナミックな表現を余さず表現しきると同時に、無音からフォルテッシモまで無限と思えるきめ細やかな階調表現で、コンサート会場の雰囲気をリアルに伝えてくれる。先のQ701といい、AKG高級モデルとの相性はなかなかに良い。なお、K812のゲイン調整に関しては、「Low」がオススメだった。
■シュア「SRH1540」やB&W「P7」との相性も検証
HD-DAC1は、シュア「SRH1540」とも相性が良かった。SRH1540は低域がやや強調された印象にになるものの、ゲイン調整を「Low」または「Mid」にすることで、重心の低い、帯域バランスの整ったサウンドになる。特にハードロックやジャズなどとの相性が良く、グルーブ感の高い、躍動的なサウンドを聴かせてくれる。そういったジャンルをメインに聴く人は、「HD-DAC1」+「SRH1540」という組み合わせもぜひ試して欲しい。
さらに相性の良かった製品がB&W「P7」だ。同じD&Mグループで扱っているから、というわけではないのだろうが、シックで上質な「P7」のサウンドを、さらに勢いよく、快活にならしてくれる。おかげで、ジャズなどは普段より数段ノリのよい演奏に聴こえるし、ハードロックも疾走感あふれる演奏に感じられる。特にエレキギターの厚み、押し出し感が抜群にいい。P7を持っている人には、かなりの有力候補になることだろう。
■駆動の難しいカスタムIMEをあえて組み合わせてみた
最後に意地悪なテストとして、カスタムIEMも試してみた。製品は、JH Audioの12 ドライバー搭載イヤホン「Roxanne」だ。最初、ゲインを「Low」にして聴き始めたのだが、雑味の無いピュアな音に驚かされたものの、やや帯域バランスを欠いたところがあり、高域がキツい。そこで「Hi」に切り替えたところ、意外にもこれがバッチリで、ナチュラルな音色の抑揚豊かなサウンドを聴かせてくれたのだ。解像度も高く、音数も望外なほど多い。おかげで、とてもリアルな演奏を楽しむことができた。
■多様なヘッドホンに対応できる懐の深いモデル
このようにHD-DAC1は、AKG「Q701」のような、十全な実力発揮にちょっとしたコツのいるヘッドホンから、逆に敏感すぎて制動を効かせるのが難しい(=雑味のある音になりがちな)カスタムIEMにもしっかり対応してくれる、懐の深い製品であることが分かった。USB端子だけでなくiPodデジタル接続にも対応し、デジタルプリアンプとして活用できる便利さも含め、魅力ある製品といえる