コラム:スコットランド残留で晴れた霧、「ドル110円」も視野=岩下真理氏






岩下真理 SMBCフレンド証券 チーフマーケットエコノミスト

[東京 19日] - 足元の懸念材料だったスコットランド独立問題も杞憂に終わり、ドル110円到達も十分視野に入ってきた。

もしもスコットランド住民投票が独立賛成派の勝利で終わっていたなら、英国や欧州全体の政治的・経済的混乱は避けられず、金融市場は大きな調整局面に入る可能性があった。ドル円で言えば、ここ1カ月で6円という円安加速に対する警戒感もあり、世界的なリスクオフのモードから反動が出ていたことだろう。

目先は一旦の材料出尽くしにより、適度なスピード調整をこなしつつも、以下説明するような主要国金融政策や経済ファンダメンタルズの変化を背に受けて、円安モメンタムを高めていくとみられる。

振り返れば、年初のドル円予想は日米金融政策の方向性の違いなどを背景とする金利差からドル高シナリオが主流だった。しかし、1―3月期の米国大寒波につまずき、米長期金利が急低下。低成長・低金利が続くとする「ニュー・ニュートラル」論に火をつけ、その後も6月の欧州中央銀行(ECB)のマイナス金利導入などを受けて、想定外の金利低下が続いた。その結果、ドル円は長らく101―103円のこう着相場に陥り、これまで収益チャンスを喪失してきたのである。

しかし、ここにきて堅調な米国の経済指標と利上げを視野に入れて、遅れしもドル高シナリオが実現。「実りの秋」を謳歌する投資家のエネルギーは、目を見張るスピード感でドル円の水準シフトをもたらしたと言えよう。

<9月FOMC、利上げの地ならしに成功>

注目された9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、声明文で事実上のゼロ金利維持に関する「相当な期間(for a considerable time)」との表現をハト派的に維持しつつ、メンバーの政策金利見通し(ドットチャート)の上方修正でタカ派色を示すという形でバランスをとった。

イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長会見では、利上げ時期は経済指標次第と繰り返しつつも労働市場のスラック(弛み)に対する慎重な見方は変わっていない。それでも、別途資料の「政策正常化の原則と計画」公表により、利上げへの準備を淡々と進めていることを印象づけた。

FRB正・副議長は利上げを急いでいないと筆者はみているが、今回はタカ派の意見に配慮してうまくまとめ上げた。米株を急落させず、米長期債の利回りも急騰させず、FRBは利上げへの地ならしを徐々に進めることに成功したと言えるだろう。今月8日にサンフランシスコ連銀がレポートを発表し、「市場はFOMCより緩和的な政策を想定している」と指摘したことも、今回のタカ派色の内容を事前に織り込ませる地ならしの一つだったと思える。

<ドットチャートで「鷹の目」を見せたFRB>

それでも、9月のFOMCで筆者にとってサプライズだったのは、ドットチャートの人数分布だ。

7月29―30日開催のFOMC議事録において、当面はフェデラルファンド(FF)金利の目標レンジに現在と同様の25ベーシスポイント(bp)の幅を持たせる方針を固めたことが明らかになったが、FF金利の適切水準の見通し表示が12.5bp刻みに変更されるとは予想できなかった。

細分化されると同時に人数分布も変化したが、先行きの見方のバラつきは依然として大きい。FF金利適切水準の中央値(17人中の下から9人目)を見ると、2015年末が1.375%(前回6月は1.125%)、2016年末が2.875%(同2.5%)と想定以上に切り上がり、今回新たに発表された2017年末が3.75%と利上げ開始から3年経たぬうちに4%前後の中立水準まで戻るというのは、出来過ぎと言えるシナリオだ。

また、多数派意見が2015年末では1.875%の4人、2016年末では3.875%の3人というのも前回と様相が異なる。2015年の場合、年末にFF金利を1.875%にするには1回当たり25bpの利上げが7回必要となり、2015年3月に利上げを開始して連続利上げというシナリオ。その後2016年も8回連続利上げして3.875%になるので、メンバーのうち3人はそう考えていることがわかった。

この3カ月間で経済指標の改善を確認して、利上げに前のめりになった人数が増えており、今後もFRB経済見通しを上回る経済の改善が続くならば、利上げ前倒しの実現性が増すことになる点は注意が必要だ。そう考えると、今回のFOMC後のドル高加速は、株や債券市場の反応に比べると、やや先取りした動きと言えるだろう。

ちなみに、景気回復のベクトルは、足元で欧州と中国の停滞感、日本が消費増税後の持ち直しの足取りがまだ弱いのに対して、今後も米国が一番強いのは間違いない。それは10月上旬発表予定の国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し改訂でも裏付けられよう。

また、金融政策では、出口戦略の歩を進める米国に対して、欧州ではECBがディスインフレに対応する用意がある。日本でも日銀が何かあれば躊躇(ちゅうちょ)なく調整するとしており、欧日が追加緩和に期待を残す姿勢を示し続けている。中長期的なドル高地合いは継続するのが自然な流れだ。

<静観する日銀、円安要因に持続力はあるか>

さて、足元の動きの本質はドル高だが、そこに日本要因となる消費増税後の景気の足踏み感を受けて、筆者にとって食傷気味の日銀追加緩和観測という円安要因もくっついているようだ。

確かに消費増税後の国内景気は想定よりやや下振れている。4―6月期は駆け込み需要の反動減が大きく出て、7―9月期も耐久消費財の一部に販売の弱さが残り、天候要因も足を引っ張っている。やはり今年の気象は、日本経済予測を狂わす「ワイルドカード」だった。

しかし、需要統計である家計調査には、1)サンプルバイアスの可能性(回答世帯の所得水準が平均よりも低位と推察)、2)実質化によるマイナス幅拡大(実質化に用いる消費者物価は「持家の帰属家賃を除く総合」であり、「総合」や「コア」よりも伸び率が大きい)があり、実態より消費が弱めの数字になっている部分があると思われる。

今後は雇用・所得環境の改善を背景に、徐々に持ち直していくことが期待される。また、設備投資関連にも明るい動きが出始めている。この流れが続くかどうか、10月1日発表の日銀9月短観が注目されよう。

ちなみに、9月ロイター短観(400社ベース)によれば、製造業がプラス10と前月から10ポイントの大幅悪化となり、昨年5月以来の低水準。3カ月前対比では9ポイントの悪化となった。国内販売の弱さと米国向け輸出の伸び悩みなどを受けて減産見通しの自動車関連、原材料と円安によるコスト高の負担が大きい食品や繊維・紙パルプの大幅悪化が際立つ。

一方の非製造業はプラス22と前月から3ポイントの改善。けん引役はゲーム関連の通信・情報サービスだが、小売関連も天候の回復などを受けてやや持ち直した点は明るい材料だ。

以上により9月日銀短観での業況判断DIは、6月に比べて若干の悪化は見込まれるが、事業計画の大幅下方修正は考え難い。増益基調のもと設備投資動向を確認する重要な材料となる。

日銀内で円安を好意的に受け止めているのは、円安で輸出が伸びなくても、海外法人を含む連結決算でグローバル収益は増加、国内の設備投資や所得増加に波及していくという、従来とは異なる前向きなメカニズムが働く可能性に期待しているからだと思われる。しかしそれでも、4―6月期の実質国内総生産(GDP)が前期比年率マイナス7.1%だったことを受けて、日銀は10月展望レポート発表時に、2014年度の成長率見通しの数字(大勢見通し中央値)を7月時点のプラス1.0%から下方修正せざるを得ない。

その一方で物価見通しは、10月展望レポート発表時点では全国9月分消費者物価(CPI)までしか見ることができず(コアは前年比1%台前半予想)、従来の数字の据え置きが見込まれる。足元の円安による輸入物価の上昇は、日銀の物価安定目標2%の実現にはプラスに働く。

筆者はGDPの下方修正だけなら、日銀は追加緩和の検討には至らないと予想する。よって日本要因による円安の持続力は力強さに欠けるだろう。ただし、10月の市場では、消費再増税の思惑のもと追加緩和観測がくすぶり続けそうだ。

<地政学リスクが招く米金利上昇>

最後に地政学リスクについて、コメントしておきたい。これまでウクライナ情勢やロシア制裁などで、地政学リスクの影響を受ける主役は欧州だったが、ここにきて米国にも及んでいる。

ドル円が8月8日(オバマ大統領がイラク空爆承認)の101.50円近辺をボトムに上昇したのと同時に、米国ではイスラム国への攻撃を支持する声が強まっている。従来の歳出削減から、米国のための軍事支出拡大はやむを得ないとの雰囲気に変わりつつあるのは大きな変化だ。

8月29日の米国防総省の報道官会見では、イラク攻撃に1日平均750万ドル(約7.8億円)もかかっていることが明らかにされた。11月4日の中間選挙を前に、9月9日には下院歳出委員会が政府機関の閉鎖を回避するための暫定予算を公表し、17日には下院で可決。その中には海外での紛争や対テロ作戦への緊急的な支出が、850億ドル計上されている。また、10日にはオバマ大統領が、イラク政府などに2500万ドルの「緊急軍事援助」を提供することを承認した。

以上のような米国の財政拡大の動きは、景気回復を後押しするとともにドル高をサポートしよう。その一方で、米長期金利には上昇圧力となる点にも注意が必要だ。このことを無視すれば、相場を読み間違えてしまう可能性がある。

米10年債利回りは8月下旬の2.3%台から9月のFOMC後は2.6%台までじりじりと上昇。それでも過度な金利低下の修正にとどまっており、昨年12月の資産買い入れ縮小決定時の3.0%近辺にはまだ遠い。

17日発表の8月の米CPIは総合、コアともに前年比プラス1.7%に鈍化。イエレン議長が4―5月時のCPIの強さを「ノイズ」と言った通りの展開となり、債券市場の利上げへの慎重な見方は根強く、それが反映された水準だ。

いずれにせよ、米国の利上げは今後の経済指標次第だが、財政拡大の影響を忘れてはならないだろう。

*岩下真理氏は、SMBCフレンド証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券を経て、13年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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