“手の届く価格”の優秀スピーカーに注目 ー 独HIGH ENDで聴いた「特別な音」<2>
山之内 正
https://www.phileweb.com/review/article/201906/24/3495.html
イタリアから注目スピーカーが続々登場
ソナス・ファベールが「Electa Amator III」に続いて投入する「Minima Amator II」はそんな「身近な良品」の代表格と言えるだろう。初代機はサイズの制約を聴き手に意識させない伸びやかな空間表現と、Electa Amator譲りの歌いっぷりの良さで多くのファンを獲得した。最新作のサウンドはその2つの美点を確実に受け継ぎつつ、反応が良く質感の高いベースの再生能力を獲得しているというのが筆者の第一印象だ。
混雑が緩和された最終日に一人でじっくり聴いていたのだが、気付いたら私のまわりで大勢の来場者が熱心に耳を傾けている。通りすがりの音楽好きが思わず足を止めて聴き込んでしまうような不思議な魅力がこの小型スピーカーにはそなわっているのだ。
同じくイタリアから到着したAUDEL(オーデル)のスピーカー群も目を引く存在だ。北イタリアのヴィツェンツァに本拠を置く老舗のソナス・ファベールとは対照的に、AUDELはシチリアで誕生した比較的新しいブランド。キャビネット構造に独自のこだわりがある点は共通だが、その方向性は微妙に異なる。
AUDELのキャビネットは薄くスライスしたバーチ材を前後方向に貼り合わせた積層構造を採用し、さらに内部に細かいリブを設けて定在波の発生を抑えていることが特徴だ。その成果は再生音に現れていて、付帯音がきわめて少ない澄んだ低音に強い印象を受けた。中高域は音色の描き分けが丁寧で、低音がかぶらないので見通しも良い。すでに日本にも輸入されているので、機会があればぜひ音を聴いてみることをお薦めする。
木材の質感を活かしたキャビネットといえば、やはりイタリアから出展していたDIAPASON(ディアパソン)の存在も忘れるわけにはいかない。今年はヴァン・デン・ハルと同じブースで「Dyanamis」など主要モデルを鳴らしていたが、なかでも「Adamantes V」や「Karis Wave」など小型スピーカー群の素直な声の表現力に耳を奪われた。
無垢のウォールナット材からハンドメイドで削り出す造形の美しさもさることながら、キャビネットというより楽器のような艷やかな感触をたたえて伸びやかに歌う。特にLPレコードの音調と相性がよく、ジャズのソロ楽器から生き生きとした表情を引き出しているのが印象的だった
エステロンは準フラグシップスピーカー「FORZA」を公開
大型のフロア型スピーカーのなかで特に強い印象を受けたのが、ESTELON(エステロン)のスピーカーである。エストニアのスピーカー専業メーカーである同社は、準フラグシップの「FORZA」をミュンヘンで公開。
日本のオーディオファンはあまりなじみがないかもしれないが、エストニアは音楽との関わりが深い国で、指揮者のネーメ・ヤルヴィとパーヴォ・ヤルヴィ父子の出身国として知られているし、揺るぎない評価を確立した現役最長老の作曲家、アルヴォ・ペルトもエストニアを象徴する人物の一人だ。
この偉大な作曲家に因んで昨年エストニア国立のアルヴォ・ペルト・センターが完成したが、同センターの公式パートナーに選ばれたのがエステロンである。オーディトリアムの設計に関わったり、メインホールにスピーカーを提供するなど、重要な役割を演じている。
FORZAはフラグシップの「EXTREME」よりひとまわり小型の4ウェイフロア型スピーカーで、ボトムに位置する2つのウーファーは25cm口径のアルミコーン振動板を採用。正面にミッドウーファー、ミッドレンジ、トゥイーターを近接配置することで音像はコンパクトに収束し、サイズの大きさを聴き手に意識させない。その一方でローエンドはEXTREMEに迫るほど深々と伸びていて、オルガンやピアノの最低音域は部屋の空気全体を一瞬で大きく揺るがす。包容力のあるサウンドだが音場は澄み切っている。
■Raidho Acoustic「TD3.8」は“今年トップ3に入るほど”の完成度
デンマークのRaidho Acousticはフロア型の「TD3.8」を会場ブースで公開した。ツイン構成の20cmウーファーと13cmミッドレンジの振動板はタンタルとダイアモンドを配合した5層構造のTDコーンを採用。1.1テスラの強力な磁気回路で駆動する。トゥイーターのリボンユニットも磁気回路などを見直した新規設計だという。
剛性を強化したキャビネットも新しいが、全体の形状とユニット構成からRaidhoの特徴が伝わり、ブランドのアイデンティティを受け継いでいることがわかる。
TD3.8の再生音は、私が聴いた範囲では
今年のトップ3に入るほど完成度
の高いものであった。細部まで精緻に解像する分解能の高い音だが発音と音色は素直で固有のくせがなく、大音圧で聴いても耳にストレスがかからない。低音は一音一音の分離が鮮明で、最低音域まで音色の変化を忠実に再現することにも感心させられた。
9万ユーロ前後の高額なモデルだが、TD3.8と共通する技術を搭載したブックシェルフ型の「TD1.2」も用意されており、こちらは2万ユーロ強に設定されている
GenelecやMusikElectronicGeithainなどモニタースピーカーを牽引するブランドの存在感もドイツのオーディオイベントでは想像以上に大きいし、LSXを前面に打ち出したKEFのようにアクティブスピーカーに舵を切ったかと思わせる展示も目を引いた。エントリーからハイエンドまで巻き込んだパワードスピーカーへの流れは今後もますます強まることが予想される。
■山之内氏が注目したプロトタイプ2製品
完成間近のプロトタイプもいくつか展示されていが、ここではそのなかから注目の2製品を紹介しておこう。
ウィーンアコースティックは“Reference”と銘打った新シリーズのプロトタイプを展示した。既存の「Beethoven Concert Grand」「Beethoven Baby Grand」の後継となる2つのフロア型モデルで、前者の後継が3ウーファー、後者が2ウーファーという構成は共通ながら、ミッドレンジを含むユニットをフラット振動板に変更している点が新しい。特にミッドレンジは内周と外周で異なる振動板を組み合わせた二重構造が目を引く。
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「Beethoven Concert Grand」の後継機試作
新ユニットは「Liszt」など上位モデルに先行して採用されていたフラット振動板技術を応用して開発されたもので、ポリマーやグラスファイバーなどのコンポジット素材と補強リブを組み合わせた構造に特徴がある。ウィーンアコースティックと言えば透明なスパイダーコーンがトレードマークだが、今後は剛性が高く歪が少ないフラットスパイダーに主力が移行していくことになりそうだ。
会場ではまだ音を出していなかったが、現在は細部の仕様を追い込んでいる段階とのことで、秋以降の発売を目指しているという。今後、ウィーンアコースティックの主力スピーカーの一つとして成長が期待できる製品だと思う。
TADはフラグシップの
「Reference One Mk2」を
7年ぶりにリファイン
し、モノラルパワーアンプ「M600」の後継機(試作機)とともに公開した。スピーカー本体は外見上はほとんど変更点はなく、同軸ユニットも前作と同じ素材と構造を受け継いでいるが、ウーファーの磁気回路やキャビネット構造にメスを入れることで大幅な音質改善を図ったという。
ハイエンドスピーカーの主要な技術トレンドの一つが低音の質感改善だが、Reference Oneもその流れに沿った進化を遂げることになりそうだ。現時点でほぼ完成形とのことだったので、早ければ夏から秋にかけて正式にリリースされるのではないだろうか。
(山之内 正)
PhileWeb