先ずは、この樹木に覆われ、こんもりとした小山をご覧あれ。
私の散歩コースに「いたち川」と称される川がある。
なんの変哲もない小さな川で、そばを通ると放流された
鯉がえさを求めて寄ってくる。
ここに昔から伝えられる悲しい物語がある。
ころは、江戸時代はじめのころらしい。
ある若く美しい娘が、この小山の民家に親子で質素な生活を
営んでいた。
家業は農業で、米麦とか野菜を作ったりして、親子はそれなりに楽しく暮らしていた。
ある日、夜の帳(とばり)も下りたころ、この小山のそばを通りかかった若い男が、山の上のほのかな灯かりを頼りに訪ねてきた。
一宿一飯のお世話になりたいと・・・。
若者は、急ぎの所用で一両日のうちに江戸に着かねばならないという。
この土地から江戸までは50キロほどか。昔流で、13里ほど。
若者の早足でも一日では無理か。
娘は、この若者のお茶の世話などする内に、若者のキリリとした整った顔とそつが無い物腰に、娘はすっかり惹かれてしまったと言う。
翌朝早く、若者は懇ろに親切を謝し旅立とうとした。
ところが、娘はこの若者にすっかり恋をしてしまっていた。
娘はしきりに引き止めたが、若者は、
「旅が終われば、必ずここに戻ってくる」・・・・
と約束して江戸に向け旅立って行った。
ところが、半年、一年経っても若者は再び、娘の前に現れる事はなかった。
娘は、嘆き悲しみ、このいたち川に身を投げ、はかなくなってしまった。
私は、この散歩コースを通る度に、何時も
" この川をそっと覗く " 習慣になってしまった。