見れん。
このけなげな一家が、これからどんなことになるのか、
うちゃーもう知っとるけぇ、これ以上このドラマを見れん。
戦争は嫌じゃ。
そう思うとき、あたまの中で想像するんは、
いつもこの被爆直後のありさまなんじゃ。
うちは、話にしか知らんけど、
いくつかの映像作品のせいか、その想像はオールカラーなんじゃ。
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中一の息子の国語の教科書に『碑』が取り上げてあった。
これは、あの夏、広島の中学生たちが、どんな運命をたどったかを
つづった記録作品だ。
彼らは建物疎開などで作業に借り出されていて、
その頭上に原子爆弾は炸裂した。
子どもたちは傷つき、或いは重い火傷を負い、
或いは即死であった。
親たちは、わが子をさがして屍の街をさまよった。
子どももまた、おのれの命尽きんとすることを知りながら、
だからこそ、ひとめ家族に、おかあさんに会いたくて、
その傷ついた体を、同じく血まみれの、同じく火傷を負った級友と励ましあいながら
一歩、また一歩と、炎に追われながら、家の方向へと幽鬼のように向かった。
途中で力尽きた子どももいた。
向かった先の我が家で、変わり果てた家族と対面することになった子どももいた。
お互いに、どこかとどこかで、それぞれ力尽きてしまった家族もあったろう。
救護所に運び込まれた子どもは、火傷でその容貌は変わり果てており、
探しにきた家族にも、声でしかわからなかった子どももいたという。
親の手記の中に散見される言葉である。
「せめて見取ってやることができてよかった」
「せめてなきがらに会えてよかった」
よかったことがあろうか。
そうわたしは思うのである。
子どもが、むごく死んで、
そんな中で「よかった」ことなど。
しかし、そう思わないで、どう思いようがあるのだ。
そして、わたしはその立場に立ちたくはない。
決して。
決して。
決して。
その中学生たちの慰霊の碑が、広島の平和公園の中にはある。
タイトルの碑とは、そのことを指している。
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この、なんとなくきな臭さを感じずにいられぬご時勢に、
『はだしのゲン』というドラマをやってくれるマスコミに、
うちは感謝しとる。
うちら日本人は、感性に流されやすい困ったところがあると思うんじゃけど、
こうやって、感性の部分で、戦争は怖い、ああ嫌だ、と
胸にきざんでほしいんよ。