今朝、義父に
「あんた」
と呼ばれた。
いやだからなんなんだと言われたら返すことばもございませんが、
確実にわたしはちょっとやな気持ちになったのよそれはどうしてなのか。
自分の親ですらあんたとは言わないほとんど言わない。
夫も言わないわたしのことあんたとは言わない。
そんな自分だけ高いところに居たってどうしようもないんだよ、という正論は
もちろんその通りの正論で、その正論は自分のなかですら鳴り響いているのだけれども、
確実にここにある不愉快を。
この不愉快をいかんせん。
たとえこれが「自分は大事には思われていない、扱われていないのだな」
という邪推であったとしても、
そう感じる感じ方は間違いなく自分の中にあって、
それはたとえ思い過ごしであったとしても、
そう思わせる原因はどこかにあるのですよ。
どっちかだけが邪推してこじれるわけではないのよ。
原因は、あるのよ。
一緒にさえ住まなければ、そういう部分は見えないまま見ないままで
やっていけたであろうに、という正直なところ恨みに似た感情はありつつも、
7年前にひどい齟齬をきたした事実が現在食事を共に取らずともいい状態の布石に
なってしまっていることは救いではあるような。
しかし、それが吉とでるか凶とでるかはいまのところわからないわけで。
とりあえず、重荷だ。
今の時点で精神的に重荷。
そのうち物理的にも重荷に感じるようになるのかしら。
今日、脱毛♪行ってきた♪
ぞろぞろ毛が抜けてくるのはもちょっと先のことらしいので、レポはまた今度。
フレンドリーなエステのおねえさんに
「なんだか、すごくいろんなことをガマンしているみたいに見えますよ」
と言われたのがショックであり、あーそうだろうなぁ、とも思ったり。
そういうことが外側に滲み出してきちゃたら、極めて魅力的でないよね。
ああ。
自分を解放させるのは、恐らく自分しかいないのだろうけどさ。
そうするしかないのよ。
例え物理的に囚われたとしても、こころは大空へ。