うまくやれない・・・・。


これは目下懸案の嫁姑・再度の引き取り同居問題のことではありませぬ。


普通に、人間関係ね。




前はあたしは、

「自分は嫌な雰囲気を持った人間で、暗くて奇妙でひとに嫌われるたちなのだろう」と

自分のこと思っていて、

お願いですから、嫌って下さるな・・・、とばかり思っていました。


しかし、

そうでもないんじゃないかな、と思うようになり、

前思っていたことは、我ながら悪質な思い込みだなぁ、と思うようになりました。


そして、普通に、ひとと付き合ってるつもりなんだけど・・・


これが、うまくいってる気がしないのです。


例えばサッカースポーツ少年団の保護者、要は母たちとのかかわり。


例えば、この間みなさん、中学校の体操服の採寸に行くのに、

誘い合ってお行き遊ばしたらしいのだけど、

あたしは誘われてない。


例えば、卒業後、サッカーのちょっとエリート?コースに進む同級生がいるらしいのだけど、

その話があたしには最近まで聞こえてこない。


みんなと話をしているのに、話が見えない。



まあ、その原因は、わかる。


もともと「今度の参観日、何時ごろ行く?」「何着ていく?」なんて話を振る方ではなく、

それに乗るほうでなく、早い話がトイレにみんなで行くタイプではないのだあたしは。


もともと、人の噂話に興味がなく、その場にいない人の話がはじまっても、

たいした相づちは打たないたちなのだあたしは。


そんな人をわざわざ誘おうと思わないだろうし、

そんな人に人の噂話は振るまい。



そういえば、今も苦く思い出すのだが、

小学校での人間関係、あたしは非常に苦痛だった。

なぜかははっきりとはしないけれども、

傲慢な言い方をすれば、話が合わず、

無理して合わせて、「うまく行ってる」と思い込めば、

裏で陰口を叩かれていたことを知ったりした。


大人になっても、育児情報誌製作で出会った・・・友人と思えるつもりだった人が、

「あなたを今売り出してあげてるのよ」なんて口にして感謝を要求されて

(わたしは同時にフェミニズムの活動にもかかわっていて、

当時とても発言の機会をいただいていた、

そのことを言われたのだと思うのだけれども)、

そんなつもりではないと申し上げたら罵倒された・・・ってこともあった。


こころを開かないのがよくないのだ、と思って、

思ってることを感じたままに話すと、

変わった人だと言われ。

でも、まあ、前述したとおり、こころを開くこと自体が、ちょっと怖い。


怖いのだ。深くかかわるのが。

自分だけが満足していることに、後から気づかされる。


ここを読んでくださってるひとは、きっと、この文章に通じるものや感じるものが

あってくださるから読んでくださってると思うし、

感じない人や、反発を覚える人は、きっとスルーしてると思う。

そういうことがわかってるから、あたしはここに言いたいことを書くし、

言いたいことしか書かないし。


ここがなかったときには、誰かにわかってほしい一心で、やたら饒舌だった。

自分が、自分が・・・だった。

それは醜かった。

誰もわたしの言うことは、聞いてなかったんじゃないかな。


今は、ここがあるから、もう、誰も聞いてないことをじょぼじょぼ垂れ流したり、

垂れ流すために飲み会で箍をはずしたり、ってもうしないですんでいるけど。


それでも、

仲良さそうに、

そう、まるで小学校のお友達同士のように

(それはまさに小学校のオトモダチの相似形。

同じ小学校区に住んでる。子どもが同学年。それだけの縁。

同じ小学校区に住んでて同級生、それだけの縁でオトモダチだったあの頃とまったく一緒)

談笑しているみなさんの姿をみると、


それは心からのお友達なのかどうなのか

それは本当にこころから楽しくてそうしているのか

もちろんわからないけれども、


その中に入っていけない、入っていっても、

穏やかな笑顔で、たまにつまんない冗談を言ってるだけで

うまくフィットしてないようで気持ちが苦しいあたしは

なんだかとてもうらやましい気持ちになる。


どうなんだろう。

彼女たちがそこで歓談しているその世界があたしには共有できないことは、

あたしには何か別のものがきっとある、ということなのだろうか。

それを見つけようとしてないから見つかってないだけなんだろうか。


週刊誌では物足りないから、図書館の蔵書から本を借り出して読むような、

ただそれだけのことで、

週刊誌がおもしろいと思ってるひとをうらやましいと思うことがナンセンスであるように、

一緒にトイレにいけるひとがうらやましいと思うのはナンセンスなのかもしれない。


それでも

それでも、


あたしは、うまくやれてない気持ちになるのよ。


小さい、

とても小さいことだと思うわ。


だけど、

大きな世界やなにかとても大きなものと共鳴してられるような

そんな素敵な日々を(時間を?体験を?瞬間を?)、

今のあたしは見失ってるし、そもそもそんなこと幻だったんじゃない?とも思っちゃうし、

そんなものほんとにあるのかしら、って思ったときに、


目の前のことをうまくやれないって、自分の出来の悪さにげんなりしてしまうのよ。


あ、それから、せっかくいただいたコメントにレスできてなくってごめんなさいね。

こんな最後に書いちゃってアレなんだけど_| ̄|○

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