今日といってももう昨日だけど、わたしは一足先に仕事納め。

なので、いままで放ってあった年賀状を今まで書いていた。


幼稚園の役員をやっていた時には、

結構役員同士の接触が密だったこともあって年賀状は多かった。

その前の、フェミだの情報誌だのやってた時も多かった。


ここ数年は、減少の一途であった。


なぜか。


それは自分が嫌いだったからである。

てか、凹むともれなく「自分なんか存在しないほうがいいのではないか」と

思いつめるような人間が、


「今年もよろしくお願いしまーす」


なんてこと賀状に書けるか?

書けないだろ?

書けても欺瞞だろ?

自分も相手も騙してる、そんな気持ちで、

年賀状書きは、結構潜在的憂鬱な作業であったことなのだよ。


なので、


自分から出すのは控えめに。

来たのも、返事は気が向かなきゃ出さない。


みたいな。


そして、自分が嫌い、といったことと同時に、

自分がみっともない、とも思っていたんだよね。


美醜、ではない。

いや、ないといったら嘘になるけれども、

この場合媒体はハガキだからね、そこまでその部分で思い詰めやしない。


要するに自分の身をおいて居る場所が、

わたしにとって不本意で不本意で。


専業主婦、という立場が。


だから、近況、書けやしないですよ。

むりやりひねりだすと、子どものことばっかりだったりして。

「ああ、これは、もう子どものことしか脳内にない状況なのか」

と、自分でもがっかりしたりして。


昨年は、それでも、次の年もきっと生きてる、と思えたので

結構平静に年賀状がかけました。ブラボー。


そして、今年。


「しがないパート勤めのおばちゃんです」


なんて近況報告をしながら、

それでも、卑屈じゃない自分がいるのよ。

フルタイムのひと、専業主婦のひと、

そしていろんなわけがあってパートのひと。

ううん、フルタイムのひとにも、専業主婦のひとにも、それぞれ理由がある。

あたしは一生懸命やってる。

あたしは、自分に、これっくらいの努力くらいは課したかったんだ。


そんなことを、年賀状書きながら、気づいてみたりする、深夜。


大丈夫。

明日もちゃんと起きられるよ。

あたしはそんなにやわじゃないもの。

やってみて気がつく自信なのよ。