今日は、おへその下にあたるところのシャツにカイロを貼り、コンタクトはやめてメガネで、

癒しのぱんつ(11月28日記事参照 )を穿き、分厚い靴下、毛玉だらけのレッグウォーマー、ひざ掛け、

おうちのヒーターも温度高めにして、手元にはローションティッシュとあったかいカフェオレ。

昨日の授業参観、学校寒かったのよ。風邪引いた。

明日はあしたで用事があるので、しかも夕方のサッカー練習の親お当番の日なので、

今日中に治してしまわないと、大変なのである。

ベッドには、今日は最大級に具合を悪くしているだーりん。夫婦揃って、ぐだぐだ。壊滅状態。

でも、というか、だから、というか、わたしは寝込むわけにはいかないのよ。

彼が闘病生活に入ってから、このカラダの弱いわたしがほとんど寝込んでいないのはすごいと思うぞ。えらい、自分。

だから、ここのところはあまりしていませんが、病に倒れたときって、寝床で本読みますよね。何読む?何読んでる?

わたしの病床本は、森茉莉著「甘い蜜の部屋」、斉藤綾子著「結核病棟物語」、山岡荘八著「織田信長」なのだ。

「甘い蜜の部屋」は、全編に漂う微熱感がたまらない。非生産的なのもよい。

病気中に上野千鶴子なんて小倉千加子なんて読もうものなら、普段でも十分情けないのに、

我とわが身のふがいなさに、わっと泣き伏しちゃうよ。

「結核病棟物語」は、そのものずばりの病床小説なのだけれども、寝床で読むと臨場感が大変よろしい。

早く治してエロス活動に邁進せねば、と気力がわくのである。(←なぜかは手にとっていただくとよくわかる)

「織田信長」。読みきる頃には、風邪は終盤にさしかかって・・・くるほど長編でもないのだが。

(それを期待するなら「徳川家康」だろう)わたしは寝込むことをよく「討ち死に」と表現するのだが、

本能寺の変あたりはまさに討ち死に気分で読める。濃姫好きだぁ。

わたしの中の信長と濃姫は、未だに役所公司と藤真利子である。

ほかは、漫画を数冊ベッドに持ち込む。今は手元にないけれども、

「摩利と新吾」や「やじきた学園道中記」なんかを一気読みする。

「日出処の天子」なんかは、病気が重くなるような気がする。

でもたまに読み返す。あと、具合がずいぶんと悪いときには西村しのぶを読む。「LINE」あたりかな。

だーりんは「病人は治すことに専念しろ」って、わたしは寝床で本を読んでいると彼に没収されてしまう、のでスリルである。