思い立ったら、そのまま黙っておれないのがわたしの悪い癖で、
プレゼントなんか買っても渡す日まで隠しておけないことがしばしばある。
あ、今年はだーりんへのプレゼント、隠し続けているなあ。
これは、たまに日常を侵食する精神的ストリップであるところのこのブログで、
千本ノックのごときトラバ祭りとか、くだらないことをやっているおかげであろう。
あああ、楽しい。
というわけで、さっそく昨日、お昼のとんこつラーメンなどすすりこみながら、子どもにクリスマスのいわれを語る。
母のラーメン、のびる。
一神教と多神教の話からしなきゃならないところがまためんどくさい。
しかし、さすが、山に神あり、海に神あり、
スキー場にも海水浴場にも家の新築にも女性の股座にも神様がいる日本の子どもだ。
多神教のことはすんなりとわかったようだ。しかし一神教について。
「キリスト教を信じているひとでないと、そもそもクリスマスには意味がないんだよ。」
するとすかさずちゃっかりやの下ムスコ、
「ボク信じますぅ」と手なんか合わせておる。
「でもそれだと、初詣には行っちゃだめだし、毎週教会に行かなくっちゃ。」
「えー。いっぱい神様信じちゃいけないの?」と上ムスコ。
しばらくわたしは考えて、
「横浜FマリノスがJリーグの今年のチャンピオンだ。マリノスのサポーターなら、喜んでお酒を飲んだりするよね。
でも、同じサッカーだからってガンバ大阪のサポーターが一緒になって喜んだりするかい?しないだろ。
それぞれのクラブを信じている者はそのクラブのことで喜び、悲しむ。
一神教の宗教とは、ものすごくおおざっぱにたとえるならそういうことだよ。」
上ムスコは、理解した。下ムスコは・・・まだまだだ。