菊蔵の「旅は京都、さらなり」(旅と歴史ブログ) -4ページ目

2026・2月京都回想記④〜皇大神宮社

平井神社から奈良街道を北上して城陽市から宇治市に入ってきました。


 

 皇大神宮社

 

 

あるお寺を訪ねるために一旦奈良街道から離れて新田駅に来てしまったので、駅を迂回する形で参拝に訪れました🥺。

 

 

 

神社由緒書


淀藩二代藩主永井信濃尚政が慶安二年(1649)広野新田村を創設した時に円蔵寺の鎮守社として天照大神を奉祀しています。

 

 

手水舎

 

 

拝殿は前回の平井神社と同じ割拝殿。


 

本殿


御祭神は天照大神


東西に長い境内にはいくつか境内社があります。

 

 

伊勢神宮遥拝所

 

 

稲荷大神


由緒書には稲荷大神としかなかったのですが、末廣大神も祀られているようです👀。


 

瀧長社


 

豊受神宮


 

住吉社・春日社・天満宮



次回は再度近鉄線(大久保駅)に戻り、近くの式内社をご紹介します。




2026・2月京都回想記③〜平井神社

久世神社からあちこち回って、近鉄久津川駅西の神社に到着。

 


 

平井神社

 

 

平井神社の由来


 

長い参道の先に割拝殿。


この日は参道沿いにある蓮開寺でイベントがあるらしく、ご老人が陣取っていたので拝殿近くの画像はありません😥。



 

 手水舎

 


正保二年(1645)に建立された一間社流造の本殿。


御祭神は牛頭天王でしたが、明治時代から神速須佐之男命・八十猛命・奇稲田比売命の三神を祀るようになりました🤓。


 

 

若宮社


本殿と同じ時期に建てられています。御祭神は天忍穂耳命。

 

 

末社三社


左から大国主神社・天満宮社。


右は癌封じの守り神。社名はありません😳。


 

牛頭庭園


ここから奈良街道に出て寺社巡りをしていたJR奈良線新田駅まで🚶。


奈良街道沿いの寺社は未公開画像編で🆙します。

神社巡りはまだまだ続きます。


2026・2月京都回想記②〜久世神社

水度神社からJR城陽駅へ戻り、歩いて約5分にあるある神社は、境内がJR奈良線で分断されていました。

 

 

 久世神社 

 

 

奈良街道沿いの一之鳥居から奈良線の線路を渡って境内に入ります。

 

 

参道

 

 

突き当りの左に社殿のある境内が見えてきます。

 

 

二之鳥居 

 

 

城陽市教育委員会社頭掲示板

 

久世神社は、旧久世地区の産土神で、江戸時代には華霊神社と称していましたが、明治時代初期に現在名に改められています。

 

 

一間社流造の本殿は室町時代の建築とされ重要文化財。

水度神社の本殿も美しかったけど、こちらも美しい本殿です😊。

 

御祭神は日本武尊

 

白鳥になった日本武尊がこの地に降り立った伝承からだそうです😳。

 

 

境内社の稲荷神社(右)と龍王神社

 

 

 

久世鷺坂旧跡碑

 

神社の東側の坂道は万葉歌人の柿本人麻呂らによって歌われた久世鷺坂跡(諸説あり)と伝え、碑が建てられています。

 

 

社務所

 

 

この一帯は久米廃寺跡といわれ、境内には土壇跡が残っており、調査の結果では東西120㍍・南北135㍍法起寺式伽藍配置で、奈良仏教の伝播を示す遺構となっています。

 

Googlemapで調べると分かりますが、城陽市は廃寺跡をはじめとして遺跡が多く、久世神社周辺にも正道官遺跡、芝ヶ原古墳があります。

 

 

参考 

 城陽市観光協会ホームページ

『新版京都府の歴史散歩下』(山本四郎 山川出版社 2003年  )

2026・2月京都回想記①〜水度神社

父、叔母の四十九日が終わり、かねてから予定していた京都へ行ってきました。

 

 

 

昨年からJR奈良線、近鉄線沿いの神社制覇を狙ってます🤭。

 

今回一番に参拝したのは駅から歩いて15分ほどにある式内社。

 

 

水度神社

 

 

城陽市教育委員会社頭掲示板

 

ちょっと長いので境内の掲示板を参考にします。

 

水度神社の由来記

 

創祀の年代は平安時代初期と伝う。史実によれば、清和天皇の貞観元年(859)従五位下の神位を授けられ、延喜の制には小社に列せられる。明治六年には村社、同十五年には郷社に、同四十年には府社に昇格。現在は社格が廃止され、神社本庁に属する宗教法人水度神社と称する。

旧地は境内領東に往古鴻が巣を結んだ鴻の巣山の峯つづきにあたる大神宮山であったと伝う。

現在の地へは鎌倉時代の文永五年(1268)に旧地より遷し奉り今日に及ぶ。寺田郷の産土神として信奉篤く、近年近郷より参詣者もその数を増す。

本殿は正面一間、側面二間の変化に富んだ流造の破風様式(千鳥正面破風)で簡素にして優美な建築である。社殿棟札(重要文化財)によれば、室町時代の文安五年(1448)の建立になる。その後、桧皮葺替の修理を重ね今日に至る。現在は重要文化財に指定されている。

 

 

手水舎

 

 

緩やかな坂を上った先に拝殿が見えてきました。

 

 

拝殿・中門拝所・本殿

 

 

中門拝所

 

御祭神

 

天照皇大神

高皇産霊神

少童豊玉姫命

 

 

 天神地祇

 

 

拝殿東に鎮座する八幡社・太神宮社・天満宮社

 

上手く撮れなかったのは画像左手に車が駐車場しており(影がうっすら)、 正面から撮れなかったからです🥺。

 

当日は日曜日とあって多くの皆さんが参拝に訪れていましたので、本殿のある境内の境内社はこちらのみ😔。他にも二社ほどあったかな。

 

 

 

帰り際に参道沿いにある境内社を参拝。

 

 

 稲荷大明神

 

 

こちらの塚は水戸永大明神。

 

 

稲荷神社

 

 

 左から、日吉神社・厳島神社・賀茂神社

 

 

手水舎近くの龍王神社

 

 
参拝後は再び城陽駅へ向います。

 

 

 

そろそろ復活します

昨年末は父が急逝し、告別式の日に叔母(父の姉)が亡くなるという大波乱の年の瀬でした🥺。

 

正月明けから行政、金融関係の手続きが続き、先月末農協関係がやっと終わり(メインバンクの静銀は30分で終わったのに農協は5回ぐらい行きましたよ😤)、後は土地の相続のみとなりました。

こちらは親族会議で決めてから登記したいと思っています。

 

厄介なのは4月の研究発表。レジメすら1/3の状態で、どうなることやらです😮‍💨。

 

 

そんな多忙を極めていたため長いことSNSと遠ざかっていましたが、そろそろブログを復活します。

 

 

次回、京都回想記

 

 

 

 

実は10月から予定しておりまして、キャンセルも考えましたが、父・叔母の四十九日明けだったこともあり、3日ほど行っておりました🤭。