訃報 金田龍之介さん
大好きな俳優の一人
金田龍之介さんがお亡くなりに
なられた
スーパー歌舞伎では
なくてはならない存在感あふれ
る役者さんであった
入り出待ちの時も優しくお話し
してくださった金龍さん
ご冥福をお祈り申し上げます
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翻訳劇からスーパー歌舞伎までの舞台、映画、テレビなど幅広く活躍した俳優の金田龍之介(かねだ・りゅうのすけ)さんが31日、慢性腎不全のため埼玉県内の病院で亡くなった。80歳。葬儀は5日午後1時、埼玉県越谷市南越谷2の5の6の東冠メモリアルプラザ越谷。喪主は妻満里子(まりこ)さん。
東京生まれで2歳で大阪に移り、5歳から子役として歌舞伎の舞台などに立つ。都島工業専門学校を卒業後、会社勤めをしながら新劇の劇団で活動。その後劇団新派に入団し、伊志井寛に師事した。フリーとなってからは敵役から三枚目まで優れたセリフ術と存在感で多岐にわたる活動を行った。
あたり役にはスーパー歌舞伎「新・三国志2 孔明篇」「同3 完結篇」の軍師、司馬仲達、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」のピッカリング大佐などがある。二人芝居の翻訳劇「サラ」では麻実れいさんのサラ・ベルナールの秘書ピトゥを好演した。
映画出演作には「犬神家の一族」、テレビドラマは「草燃える」など。「きんりゅう」の愛称で親しまれた。菊田一夫演劇賞、松尾芸能賞優秀賞などを受賞した。
(毎日ニュースより)
訃報・藤間紫さん
日本舞踊家で女優の藤間紫(ふじま・むらさき、本名喜熨斗綾子=きのし・あやこ)さんが27日午後5時26分、肝不全のため東京都文京区の病院で死去した。85歳。東京都出身。葬儀・告別式は4月末に行う予定で、場所は未定。喪主は夫で歌舞伎俳優の市川猿之助(いちかわ・えんのすけ、本名喜熨斗政彦=きのし・まさひこ)氏。
藤間さんは今年1月12日、東京・銀座の東武ホテルで開かれた日本舞踊「紫派藤間流新年会」を催し、着物姿でにこやかにあいさつを交わしていた。その後、患っていた肝硬変が悪化。体調を崩し、今月初めから日本医科大学病院に入院、療養していた。
父は六代目尾上菊五郎の主治医で元日本医大学長の河野勝斎氏。幼いころから舞踊家を目指し、日舞藤間流六代目宗家藤間勘十郎(後の勘祖)さんの内弟子となり、後に結婚した。
舞踊活動の傍ら、女優としても活躍。「三等重役」「へそくり社長」など喜劇を中心に数多くの映画に出演した。
新国劇や商業演劇など舞台出演も多く「父の詫び状」「西太后」などで存在感を示し、高い評価を受けた。菊田一夫演劇大賞、読売演劇大賞最優秀女優賞などを受賞。1994年には勲四等宝冠章を受章した。80 歳を超えても舞台に出演、話題となった。
離婚後、宗家藤間流を離れ、紫派藤間流をつくり、家元に。2000年に猿之助さんと再婚、猿之助さん門下の若手俳優を指導した。著書に「修羅のはざまで」がある。
(スポーツニッポンより)
訃報・藤間紫さん
日本舞踊家で、舞台や映画、テレビで女優としても活躍した藤間紫(ふじま・むらさき、本名・喜熨斗綾子=きのし・あやこ)さんが27日午後5時26分、肝硬変による肝不全のため東京都文京区の病院で死去した。85歳。自宅は非公開。通夜は29日、密葬は30日に近親者のみで行う。葬儀・告別式を4月に行う予定。喪主は夫、市川猿之助(いちかわ・えんのすけ、本名・喜熨斗政彦=きのし・まさひこ)氏。
東京都出身。7歳から日本舞踊を始め、18歳のときに藤間流家元・藤間勘十郎さんの内弟子に。昭和19年に勘十郎さんと結婚、家元夫人に納まった。日本舞踊などの講師を務めるが、ユーモアあふれる個性と演技のセンスを買われ、24年に映画「グッドバイ」でデビュー。森繁久弥さんと共演した「三等重役」(27年)、「亭主の祭典」(28年)などのコミカルな演技で人気を呼んだ。
61年5月には勘十郎さんとのいざこざから宗家藤間流を離れ、紫派藤間流を創流し家元となった。その後、舞台「墨東綺譚」(平成3年)、「父の詫び状」(5年)などで多くの演劇賞を受賞している。13年に歌舞伎俳優の市川猿之助さんと再婚した。
2月15日に国立劇場で行われた「道行旅路の嫁入」が最後の舞台となった。
平成6年に勲四等宝冠章受章。
(産経新聞ニュースより)
