ちょっと悩んじゃったけど…(;^_^A
ま、とりあえず今回は、




大懸郁久美


96年、オリンピックイヤーに代表初選出。

そしてアトランタ五輪では、大林とレフトの対角を組み、スタメン出場。

サーブレシーブの要を担い、大舞台を経験する。



97年、アトランタの成績をうけ、大幅な若返りを図った日本のエースを任される。


サーブレシーブの安定感は日本No.1。
攻撃面でも173cmながら、相手ブロックを巧みに利用し、ブロックアウトをとる技術は天下一品だった。

97年、世界のベスト6に選ばれる。


98年世界選手権出場し、8位、
99年ワールドカップでは6位。
このころには実質、日本の第一エースとなっていた。


そして00年。
幾度と語られた、運命のシドニーオリンピック世界最終予選。


混戦模様の中、3勝2敗で迎えた運命のクロアチア戦。
勝てばオリンピックへ大きく前進、負けると自力での切符獲得がなくなる、という正に正念場。


セットカウント2ー1で日本リードの第4セット。



日本21ー17クロアチア



勝利の予感を感じた直後、そこから追い付かれ、ジュースの激戦。

なんでもかんでも大懸にあがってくるボールを、必死に打ち、ピンチを凌ぐ。



…が、この激戦を落として第4セットを失い、クロアチアは勢いのまま、最終セットをモノにし、日本は敗れた。

テレビでは、号泣しながら会場を後にする彼女の姿が、何度も映し出された。




64年東京五輪から続いてきたオリンピックの道が閉ざされた後、
低身の彼女は、セッターの竹下と共に、非情なバッシングを受けた。



その後、
まるでフェイドアウトするかのように、バレーから離れ、その後結婚。



…このまま終わるかに見えたが、03年に久光製薬に復帰を果たし、
そして04年全日本にも選抜され、リベロとして活躍をみせる。



ついぞ、アテネの世界最終予選でオリンピック行きが決まったとき、

戦犯扱いされた4年前のメンバー達とともに見せた涙は、
長い呪縛からの解放と、リベンジをなしえた歓喜とが、入り混じっているように見えた。




2度目のオリンピックを経験した彼女は、その後古巣のNECに戻り、


プレイヤーとして、今も戦い続けている…。