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“心のおもてなし” 和ごころ~慶の徒然草

住まいや暮らし、インテリア、四季折々のしつらい、マナーなど、様々な内容のブログです。知っているようで知らない日本の行事としきたりもお伝えいたします

【文月(ふきづき)】旧暦七月の異称で「ふづき」ともいいます。

七月七日の七夕にちなんだ呼び名だというのが定説になっています。

『万葉集』にも、あらたまの年の緒長く思い来し恋をつくさむ七月(ふみつき)の七日の夕(よい)は吾も悲しも~という歌があり、七月を「ふみつき」と読ませています。文月の語源は、中国から移入された七月七日の七夕行事に、詩歌を牽牛・織女の二星に献じたり、書物を開いて夜気にさらす風習があることから文月になったという説もありますが、現在では、この時期の稲の様子から「ほふみづき」(穂含月)、稲の穂の「ふくみづき」(含月)、あるいは稲の穂がふくらみ始める「ふふみづき」からきているという説が有力になっています。素敵な一日をお過ごしください。




「以心伝心」心で以って心を伝える。

仏教における禅の思想で、文字や言葉ではなく心から心へと

その真髄を伝えることを意味し、文字や言葉ではその真髄を

表現しきれないことを示します。言葉や動作などを用いずに自らの思い、

考えを伝えること。
言葉に出さなくても自分の考えや気持ちが自然と相手に通じること。
何も言わなくても分かり合うことが「以心伝心」。







汁物や茶椀、つけ汁の器などは、手に持って口に運びます。

器を食卓においたままお箸でつまみ、手を添えて食べる人をよく

見かけますが、この 「手皿」 は一見上品そうに見えなくもありませんが、

間違った作法です。 添えた手やテーブルに料理の汁などが落ちると

結局はおしぼりなどで手をふくことになって、かえって汚い印象に。


盛り付けの煮物は、箸で割った小さなひと口でも、そのまま口には

運ばずに、小皿や懐紙を下に添えていただきます。



小皿や懐紙がない場合は、代わりにお椀の蓋を使用しても構いません。


間違ってもおしぼりを受け皿代わりに使用しないように。



また、煮物の椀は大きい椀が多いので手に持つことはしません。



器を持つときは、両手を使って持ちましょう。(お箸をもったまま

片手で持ったりしないように)





※天つゆの器は持ち上げない ・・・ 小さい器だししずくもたれそうと

つい持ち上げたくなりますが、天つゆの器は決して持ち上げてはいけませ

ん。しずくがたれそうなほど、つゆをつけなくていいものです。

さっと浸して衣がつゆを少し吸ったところでいただくのが上品です。



「どっこいしょ」の語源となった「六根清浄」富士山などの霊峰に登る時「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と唱えながら登る人がいます。これは山岳仏教の行者たちが修業の時に唱えていた言葉で、六根に具わる煩悩を浄めるためといわれます。六根とは、眼根(視覚)、耳根(聴覚)、鼻根(嗅覚)、舌根(味覚)、身根(触覚)の五感に、意根(心)を加えたもの。私たち人間は五感を通してさまざまな事物に触れますが、そこに我欲が付着すると心に迷いが生じます。「六根清浄」の掛け声は、そうした我欲から六根を浄めようとするものだといわれます。さらに「ろっこんしょうじょう」の音を耳にするうちに、一休みするときの一声「どっこいしょ」になったといわれています。



【友風】~早春は「花ちらし」、若葉の季節は「風光る」「風薫る」、冬は「風冴ゆる」、夏は「風涼し」。古来、日本人は風のたよりで季節を知り、季節の演出者である風の動向を気にしてきました。また、家の中を吹き抜ける「風の道」を味わったり、生活の営みの音や匂い、草花の香りを運んでくる風を肴に一献傾けるなど、風を友にしてきた歴史があります。風は見えませんが、昔から日本人は、風の色、風の姿、風の脚、風の匂い、風の感覚を五感で感じてきました。日本って本当に風流ですね。