シロの不妊手術が無事終わったというので、シロを病院に迎えに行った。

D動物病院の不妊手術は、猫の体に本当に負担をかけない手術で、だから、猫は、手術当日に帰ることが出来た。
今では、D動物病院と同じような質の良い手術をしてくれる獣医さんも増えたが、当時は、D動物病院のような不妊手術が出来る動物病院は、珍しかった。

若い獣医さんが多く研修で来ていた病院であったが、シロの不妊手術は、院長先生が行ってくれた。
シロを迎えに、診察室に入ると、院長先生は、一通り、自分が行った避妊手術について説明し、そして、
「この猫は、よくお産が出来たと思います。一度、交通事故に遭っていて、お腹、お尻を、怪我していて、ヘルニアになっていました。ヘルニアになったところは、ついでですから縫い合わせましたが、最後の2、3cmで、麻酔が切れ初めましたので、最後までは縫い合わが出来ませんでした。」と話された。

シロの子供はたいてい交通事故に遭い、死んでいったと、公園周辺のおじさんおばさんに聞いていたが、シロ自身も、昔交通事故に遭っていたということが、院長先生のお話で、わかった。

シロは、交通事故に遭ったことがあったんだ。
そういえば、シロのお腹の一部は、たぷたぷしていた。
たぷたぷしていたお腹は、交通事故が、原因だったんだ。

日々、食べ物に恵まれない猫は、毎日食べることだけに追われる。
食べ物を恵んでくれる家があれば、車の量の多い道路でも、毎日平気で渡って餌を貰いに走る。
お腹が空くのだから、仕方がない。

シロもトマスも、毎日、毎日、お腹を空かせ、継続した空腹感の中を、何年も生きてきたのだろう。
あの公園周辺の家々の台所から出される生ゴミを漁ったり、公園周辺の人々のお目こぼしを、たまたま貰ったり、そんな風にして、生きてきたのだろう。
お腹が空いているから、いろいろな家を、渡り歩き、いろいろな道路を、横断したのだろう。

手術後、シロを、直ぐに公園に戻すのは、なんとなく、かわいそうであったから、2日間は、主人の仕事場で、面倒を見ることにした。

主人の仕事場に大きなケージを置き、その中で猫用トイレを入れ、そしてシロを入れた。
シロは、大人しく、じっとしていた。
騒ぐことはなかった。
しかし、その日の夜中、シロは、ケージの中に厚く敷いてあげた新聞紙を、がりがりと手を動かし、びりびりと粉々に裂いてしまった。
裂かれて、膨らんだ新聞紙の山が、シロの体の周りを覆った。

シロは、きっと、人との初めての、いや、捨てられてから初めての、人との生活が、少し怖かったのだ。

自分の体を、外界から見えなくするように、透明猫になるかのように、新聞紙を、体にまとい、粉々になった新聞紙の中に、頭を突っ込み、丸くなった。

そんな姿は、あの公園で、寒い冬の風を避けるために、親子共々3匹で体を寄せ合い、低木から落ちた枯葉の中に、体をうずめていたシロの姿と、まったく同じであった。

冬、多くの野良猫は、枯葉をまとい、枯葉の中で、まどろむ。

冬の、地面は、暖かい。
だから、枯葉も、きっと、暖かいのかもしれない。

シロは、新聞紙を、枯葉のように体にまとい、まる2日間は、主人の仕事場で過ごした。
食事も、十分に取った。

そして、シロは、あの公園に、帰っていった。

diary0113