私が、最初に飼った猫は、千葉の行徳で、動物愛護のボランティアをしている加藤さんという方から頂いた猫だった。
たまたまミニコミ誌の3行メッセージで、加藤さんの猫の里親募集が載っていて、ちょっと興味がわき、加藤さんに電話をしたのが、きっかけだった。
電話でいろいろお話をして、そして、行徳まで、猫を貰うために、出かける約束をした。

電話では、貰える子猫は、2ヶ月位と聞いていたので、自宅には、キャリーバックを用意していなかったが、その代わり、少し小さいけれど、蓋付ピクニックバスケットがあったから、これで代用できると思い、そのミニバスケットを持って行った。

加藤さんは、数人の友人と一緒に、熱心に犬猫の里親探しのボランティアをしていた方だった。
当時は、行徳あたりでも、捨て犬捨て猫は、多かったのだろう。

加藤さんのお宅は3階建てで、2階と3階には、ケージがたくさん置いてあり、たくさんの猫が、保護されていた。
加藤さん自身は、シーズーや、ペルシャといった純血種を飼っていた方で、1階には、シーズーなどの小型犬が、たくさんいたと記憶している。
加藤さんやその友人達は、純血種の飼い主さんであったが、身の回りに捨てられる雑種の犬や猫を、決して見捨てることが出来なかったのだろうと、思う。

加藤さんの友人が、私を駅まで車で迎えに来てくれたのだが、彼女はアメリカにしばらく住んでいたらしく、アメリカ帰りのご婦人と言ったいでたちだった。私を迎えに来てくれた車は、だからアメ車で、その車を、犬搬送専門の車として使っていると言った。
私と出会った第一声が、「車の中、犬のにおいがして、申し訳ない。」であった。

彼女の車には、ダルメシアンが一匹乗っていて、確かに洋犬特有のにおいが、車には、充満していた。
車の中は、動物愛護ボランティアの車が常にそうであるように、一種独特のにおいがした。

確かに、獣(けもの)には、その種独特のにおいがあるが、犬は、通常の獣に比べたら、そのにおいは弱く、ましてや、猫は、においのまったくない動物だ。
それでも、保護した犬を、いつも、何匹も、何匹も、搬送するのだろう。
車の中に、動物のにおいが、漂っているのは、至極当然だった。

加藤さんのお宅で、しばらくお話をさせていただき、いよいよ子猫を、貰って帰ることになった。
加藤さんは、この猫は、2ヶ月だと言った。
猫飼い初心者の私は、猫の月齢など、まったくわからなかったから、この位の大きさが、猫の2ヶ月の大きさなんだと、思い、「そうですか。2ヶ月ですか。」と応えた。

私にとっては、猫が、2ヶ月だろうが、3ヶ月だろうが、4ヶ月だろうが、そんなことは、どうでも良いことであった。
一期一会----たまたま、ご縁があった猫だ。
「ご縁」----それだけで、猫を飼う理由としては、十分だった。

猫を、蓋付ピクニックバスケットに入れ、電車に乗った。
猫は、バスケットが小さすぎて、背伸びが出来ず、顔を、前に突き出し、窮屈な様子で、にゃーにゃーと鳴いた。

電車に同乗した人たちが、うるさい音のする小さなバスケットを、じっとみている。
猫は、がたがたという、ごうごうという、電車の音が、怖かったのだろう。
ますます大きな声を出し、不安そうな目で、私を見つめ、家に帰るまで、ずっと鳴き通しだった。

やっと家について、窮屈なそのバスケットから、猫を出して上げた。
猫は、バスケットから出、少し伸びをすると、家の中を、探検し始めた。

猫は、非常に人なれしていた。
生まれたときから、この家にいるような、そんな様子で、お腹が空いたと、一声ないて、餌をねだった。

猫は、加藤さんが、近くのゴミステーションで、保護したそうだ。
ゴミステーションを、お腹が空いてうろうろしていたらしい。
加藤さんが言うには、多分、引越しをした人が、置き去りにしたんだろうということだった。

猫は、たらふく餌を食べた。
猫は、直ぐに、ソファの上ですやすやと眠りだした。
長い旅で、本当に、神経が疲れたのだろう。

私も、その夜は、早くに、床に就いた。

しかし、私も主人も、翌日朝早く、猫に顔を舐められ、起こされるとは、思っていなかった。
不覚だった。

猫は、翌朝4時、私ではなく、主人の顔をしきりに舐め、餌をねだった。

猫が我が家に来たその翌日から、主人は、毎日、猫に朝早くに起こされた。
夜遅くまで仕事をしていた主人が、朝早くに猫に起こされるのは、辛かったと思う。

主人は、猫を貰った翌日から、猫のために、朝早く、そっと布団から起き上がり、静かに台所で、猫に食事を用意する、猫の召使になってしまった。

それでも、主人も、猫が、家に来たことが、とてもうれしそうだった。

なぜ、猫が、私でなく、主人を、毎朝起こしたのかは、今でも良くわからない。

その後、猫は、「アラン」と名前を付けた。
いや、アランと名づけたのは、私ではなく、加藤さんだ。
「名前が決まっていないなら、アランはどう?
アランという名前の猫は、みんな幸せになるから。」と加藤さんが言ったから、猫の名前は、アランになったのだ。
そして、加藤さんは、アランと彫った迷子札を、私に送ってくれた。
加藤さんの、アランへの愛情が、私の心に、突き刺さった。

アランと言う名前は、男の子の名前だから、私は、アランを、「ランちゃん」と呼ぶことにした。


木