東日本大震災のあと何度か計画停電があり、今ではそれもなくなっているのだが我家ではまだ古い皿の上の蝋燭が立ったままになっている


考えてみればもう半年が過ぎ、計画停電なんてまるで過去の話になっているのだからいい加減片付けてもよさそうなものだが、特別邪魔でもないのでそのままになっている


又そういう事が起きるかもしれないと思うほど用心深い訳ではない


ただ不精なだけだが、その蝋燭を立てていた古い皿が役に立つ時が来た








昼間はともかく、朝晩は急に涼しくなってきた


ついこの間までは昼間は我慢できても、夜はエアコンなしという訳にはいかなかったのだが、今は窓を開けていればエアコンなしでも眠られるようになった


窓を全開にしておくと夜中に寒くて目が覚めるぐらいで、その日の感じで半分ぐらい閉めて寝る事もあるし、3分の1ぐらいにしようかなと迷ったりもする


それほど上品に育てられた覚えはないのだが、ちょっとした温度差で簡単に風邪をひいてしまうので、その開け具合がとても微妙になる(・・;)


いつも全開なら網戸の枠とサッシの枠が重なっているから問題はないのだが、半開きの場合、網とサッシ枠の厚みの間に隙間が出来るらしく、そこから入ってきた蚊のブ~ンという音が聞こえてきたりするともう眠れない


去年まではアースジェットを部屋中に撒き散らしていたが、その殺虫剤が舞い降りてくる部屋の中で又すぐに横になる気にはならない


今年、蚊取り線香を買ったのを思い出した


蚊取り線香は煙で蚊を殺すのだとばかり思っていたのだが、匂いで殺すのだとTVでやっていた


匂いならそれほど害もないだろうと思って買ったのだ


蚊取り線香に火をつけた時に、蝋燭の立っている皿を思い出した


蝋燭を取りはずして蚊取り線香を置くと、懐かしい匂いが立ち上ってきた








昔、夜中に地震があった日の事だ


元女房は妊娠8カ月ぐらいでかなり腹が膨らんでいた


横揺れはだんだん激しくなり、この揺れがもう少し大きくなったらこんな家なんか潰れてしまうのではないか、整理ダンスが倒れてくるのではないかと心配になってきた


膨らんだ腹を守るように女房の上にかぶさった


肩から垂直に腕を伸ばしていれば、背中にいくら圧力がかってもても肩の関節が外れない限り大丈夫だと聞いた事がある


彼女は初めての出産の不安に加えて体調も悪く、いつも不機嫌だった


「あなたは私を愛してないわ」 と言われた事もある


もっと大きく揺れてくれ、柱が折れて瓦が頭や背中に落ちてくればいい、堪えてみせる


そういう事でもなければ女房を愛しているという事を証明する術がなかった


何を言っても貝のように心を閉ざして言葉が届かないのだ


大きな腹を突き出し仰向けに寝転がっている女房の上にコの字型にかぶさりながら、もっと揺れろ、これまでの平穏な日々が壊滅し、助けたり助けられたりする事で愛情が浮き彫りになるような日常が来ればいい


そうすれば如何に愛されているか分かるはずだ


そう思っていたのだが、地震は少しずつ収束に向かっているようで、整理ダンスの上の小物一つ落ちてはこなかった


その日も、蚊取り線香は何事もなかったように揺らぎながら煙を立ち昇らせていた








東日本大震災で家族を失った人はたくさんいるけど、冷え切った愛がその日その日を助けあいながら生きている間に蘇ってきたという夫婦もあるのではないだろうか


蝋燭の代わりに蚊取り線香から立ち上る煙の匂いを嗅いでいるといると、ふとそんな事を思った