こんなこと言うと、いよいよやばいこと言い出したなとか、思われるかもしれないけど、
本気でそう思ってるんだよね。
たとえばこれが19、20歳の子が言ってるんだったら、いっときの迷いでそんなこと考えちゃうこともあるかもね、みたいなこともあるかもしれないけど、このブログの長い読者さんならとっくに知っての通り、僕は40過ぎの男で、
別に今さら若いふりをしたいとも思ってないし、ていうか若いことが良いとも思ってないし、ていうかむしろ僕は自分自身が若いときから、自分の同世代とかと話すといつも、なんでお前らそんなこと考えてるん?とか、そんな程度の話で悩んでるん?とかって思ってきた。
なんなら、しねるもんならさっさとしにたい笑
いますぐ。
だから、僕は若いときから同世代とつるむことに興味がなくて、いつも僕の話を聞いて、理解してくれるのは年上の人だった。しかもそれは、男性だった。ほんとに理解してくれてたかどうか知らんけど、少なくも理解してくれている風ではあった。だからこそ僕はそうした人に体を許してきた。動機がなんであれ、僕を愛してくれるのなら、そこまで深くなくても、僕の話に耳を傾けてくれて、僕に少しでも理解を示してくれるのならば、単純に嬉しい。乳首でもアナルでも、なんでも好きにしてほしい。
なので、僕は単純に、年上の男性と話をするときは、僕の考えや思いを理解してくれる場合が多くて、年下の男だったりとか、女だったりとかを相手に話したところで、どうせ理解してもらえないだろうな、という思いが、経験上多かったから、これは単純な確率論として、
自分が自分の不安定なメンタルを支えてくれる対象を求めて、その結果が年上の男性の場合が多いという、像を描いていたんだよね。ちなみに、こうした僕の考え方が、世間一般で言うところの精神的不安定に当たるというのは経験上理解していた。
僕は普段からこのブログでも書いている通り、年齢とか、国籍とか、性別とか、マジで関係なくて、
俺たちは、ゲイとかノンケとか日本人とか韓国人とかと言う前に、
人間なんだよ!!
僕が興味あるのは、Humanなんだよ。
だから、
やれ、年下だ、年上だ、白人だ黒人だ、アジア人だ、男だ、女だと言って安心している人間に出会うと、
はい、頭が悪いですね、
っていうふうに整理するわけ。
あのね、
年齢とか性別とか国籍とか人種で相手を理解したつもりになることは、めちゃめちゃ簡単なのよ。
けどさ、人間って、そういうことじゃないやん。
年齢が同世代ってだけでわかりあえるのだとしたら、学校でイジメとかないですよね?
性別が同じことを理由にわかりあえるのなら、人類の半分は常に親友ですよ。
国籍が同じことを理由にわかりあえるのならば、日本に殺人事件は存在しないですよね?
あ、日本にって言ったのは皮肉で、日本人って一言に言ったとて、特別永住者は日本人じゃないですけど、そうした人を日本人じゃないと思ってる人は、何をもってして日本人とか言ってるのかというそもそもの定義を知りたい。
まして、日本民族とかと言っちゃってる究極的なアホをしばしば見かけるのだけど、じゃあアイヌの人は日本人なんですか?日本民族なんですか?フィリピン出身だけど日本国籍を取得した人は日本人なんですか?日本民族なんですか?朝鮮半島から渡ってきた人は日本人なんですか?日本民族なんですか?琉球を祖先に持つ人は日本人なんですか?日本民族なんですか?3世代前のおじいちゃんがウクライナで生まれて愛媛に移住し、そこで生まれた子どもは、日本人だけど日本民族じゃないんですか?
は????笑
ここまで説明すれば、誰も明確な答えは言えないと思うんだけど、そういうあまりに簡単な話に関してツッコミを入れてくる人が世の中にはいて、
それって、お前がそのつまらないツッコミを入れれば入れるほど、お前の見識のなさと頭の悪さを露見してるだけだぞと思うのだけど、
いまだにそうしたシンプルな理屈に関してもツッコミを入れてくるやつがたまにいて、
僕はそうした人間を、アホ、またはバカだよねと思うから、自分の人生の中でそうした人間と極力関わらないように生きているのだけど、それでもどうしてもたまにいて、
それはゴキブリを見かけたときにスプレーしてころしても、それでも出てきちゃうみたいなものだと思って諦めてる部分もあるのだけど、
相手が人間だとなると、
そいつらは、
ちゃんと説明してくれなきゃわからないとか、オレはバカだから理解できないとかと言い出す。
バカだと自覚しているのなら、理解する努力をしろよと思うが、理解できないものは、理解できるように説明する責任があるだろという態度でこちらに迫ってくるわけなのだ。
僕だって、ゴキブリやドブネズミを説得しようとは思わないけど、お前が人間だと認識してるからこそ理解を期待するのだけど、理解できるように説明できないそっちの責任だと言うのならば、ゴキブリやネズミのように、殺虫スプレーやネズミ団子で消すだけの話だと思うのだが、
すると、ならばオレをころせるのか、などと迫ってくるものだから、
ほんとにこいつはメタファーすら理解しないのだなと思うと、絶望的な気持ちになるものだ。
さっきも言ったけれど、これが19、20歳の社会的に未熟な若者の発言ならば、そしてそれを言ってる男の子がイケメンならば、
アホだけど可愛いからわんちゃんセクースしたろ、で成立するのだけど、
いい大人がドヤ顔で同じようなこと言ってきたりすると、
言いたくないけど、
はい、だからホモは差別されるんだよ!
と言いたくもなることがある。
同じ理屈で、
はい、だから日本人はナメられるんだよ!
とか、
はい、老害とか言われるんだよ!
とかと思う。
年齢、性別、国籍、そうしたあらゆる目に見えないボーダーをなしにして、できる限りフラットに物事を見ようと努めても、それでも自らそのボーダーを盾に理屈を展開しようと試みる人間がたまにいるから、
そうした人間に一から説明しても別にいいんだけど、
そんなに暇じゃないから、
はいはい、
と頭を撫でるけれど、
ほんとに、自分が理解できないことを、理解できるように説明しない相手が悪いんだと責任転嫁してくれるなと思うが、しかしそんな苦情を言ったところでどうせ伝わらないし、そもそもどちらが正しいかという話ではないから、
結局、自分がわかったような気分になっていることが正しいとも思わないし、相手がわかってくれないと嘆くのもおかしな話だし、
そんなことを考えると、
人間なんて、生まれなかったほうがいいんじゃね?って本気で思うから、
この世の中で、
産んでくれた親に感謝すべきとか言ってる脳天気な幸せ者もアホだし、
子どもを産みたいとか、持ちたいとか思ってる大人は、殺人級に酷い考えを持っている人間だと思う。
だから、僕は男を愛するし、行為は男とする。なぜなら、男同士の行為で子どもを産むという凄惨な活動は生物学上行われないからだ。
僕は、ゲイでもノンケでもなく、反出生主義者だ。シンプルにそれだけ。昔も今もそう思ってる。だから、チソコにも興味がないし、2丁目でオネエで騒ぐことにも興味がない。
子どもを作るという無責任な活動をしたくないという、ただそれだけなのだ。
子どもを大切にする大人は褒められがちな世の中だけど、もう一度考え直してみようか。
お前の人生幸せなことだけなのか?
ほんとに子どもにもう一回お前の人生なぞらせたいのか?
本気でそう思うなら、たぶんお前の頭はただのお花畑で、それを実現するなら、人間の子どもじゃなくて、ひまわりかなんかで野原に咲いてたほうがきっともっと幸せだぞ?
子どもを作ることがよいなどという価値観は、資本主義的な価値観に洗脳されてるアホ脳みそで、それはオウム真理教や法の華三法業や創価学会や統一教会の信教を頑なに守ってる人々となんら変わらないと思う。ていうか、その違いを説明してくれる人がいるならば、ほんとうに会いたい。
僕は、新興宗教を否定しないけれど、信じていないから、同じように、子どもってかわいいよね、子どもがいると素敵だよね、みたいな世の中の前提をも信じていなくて、そもそも、この世の中は素敵だよね、生きるって素晴らしいよね、みたいな盲目的な宗教観念にとらわれていないから、
だから、僕はゲイじゃない。単に、男と女が無節操にせくすして、不幸なガキを再生産する不毛なこの世の中を否定しているのだ。
それでもカラダは反応する。
いいじゃないか、男と男が射精し合っても、不幸な子どもが再生産されることは、永遠にない。