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胡蝶の夢 読後感想

司馬遼太郎著「胡蝶の夢」

読了。


内容は、幕末、医学と中心とした蘭学が

導入される様を

奥医師 松本良順、その下僕 佐渡の伊之助、

そして外房出身の関寛斎を中心に

それまで主流だった漢方派との抗争

西洋医学導入にあたり

壊れていく身分制度や社会制度の変革

そして、主人公らの意識の変化、目覚めなど

葛藤を乗り越え彼らが得たもの

感じたことを

史実を中心に描かれた力作。


俗に本を読む順番と言うものがあるとしたら

司馬遼太郎の本の中でも最後のほうで

読んだほうがしっくり来る本。


社会制度や時代背景が朧ながらでも分かったほうが

進むにつれて感じる身分の崩壊や

えたひにんと呼ばれる階級についての理解、

そして、主人公がその身分制度から訴えたい主張が

より分かる気がします。


自分の子供が出来たら

「竜馬が行く」→「梟の城」→「11人目の志士」→「燃えよ剣」辺りからはじめて

「国盗り物語」「菜の花の沖」「尻喰らえ孫次郎」「北斗の人」

「播磨灘物語」

を経て

「坂の上の雲」「翔ぶがごとく」「胡蝶の夢」

辺りかなあ


この夏、東大阪の司馬遼太郎博物館行きましたが

あれだけの資料からあの作品群を生み出したことは

並大抵ではないなあ。


この読了を持って司馬遼太郎の長編を終えます。

あらためて読む日はそう遠くなさそうですが・・・



プロジェクトX21 成功へ退路なき決断

本って、ビジュアルに対して自分のペースで
情報収集でき、場所を選ばないよさがありますよね。

そしてプロジェクトXです。

27日までにどのくらい読み進められるのかは判りませんが
どの巻でも涙無しには読めない項目があります。

この本では
第九に果てなき夢~貧乏楽団の逆転劇

悲願のリンゴ 伝説の職人 津軽に立つ

の2つかな

前者は戦後群馬に作られた群馬交響楽団の話。
100万人都市でしか採算は合わないとされる交響楽団、
無謀とも「ほらふき」ラッパとも言われた丸山勝廣氏。

後者は戦後、モノが溢れてくる中で
徐々にリンゴしかできない青森の農業が押され
ほかにまねできない「ふじ」種、後の「ジョナゴールド」を
開発した「リンゴの鬼」齋藤昌美。

困難に打ち克つことあきらめず前を向くことは、
体験した人間、ゼロを1にした瞬間を味わった人間のみ
語れる話で、文章だけではわからぬことのほうが多いのでしょうね。

だからただ感動するだけなのでしょうか。

そのほか
①運命の滑走~日本初 人力飛行機に挑む 
木村正秀氏と日大工学部航空研究会の人力飛行機への挑戦
〔日本屈指の航空技術者のもとで、不可能といわれつづけていた人類の夢に
 果敢に挑戦した若者のドラマである。〕

②霧の岬 命の診療所
道下俊一氏が、地域医療 霧多布での診療を一生の仕事としたこと
〔「この地に生涯を懸ける」〕
③食洗機 100台への死闘~赤字部署の40年
昭和40年あたりから、売れない食洗機を製造する部署の長きに渡った開発の日々
〔これは、泣かず飛ばずの四十年"厄介者”と呼ばれた食洗機を、
 世に認めてもらい広めようと闘った、赤字部署の人々の壮絶なドラマである。〕

④第九に果てなき夢~貧乏楽団の逆転劇
〔ベートーベン『第九交響曲"歓喜の歌”』に彩られ、日本音楽界に語り継がれる奇跡の物語が
 いま、幕を開ける〕


⑤大阪万博 史上最大の警備作戦
〔総入場者数六四〇〇万人余り。国際博覧会史上最多の入場者数を記録し、
いまもって語り継がれる大阪万博。これは、日本の威信を懸けた祭典と入場者の安全を守るために
奮闘した男たちの、熱きドラマである。〕

⑥悲願のリンゴ 伝説の職人 津軽に立つ
〔「お前に青森の農家の未来が懸かっている」
 はたして、リンゴ産地の存亡を懸けた、ふじ栽培は成功するのか。これは、青森の農民たちの、
十数年にわたる、壮絶な闘いの物語である。〕



プロジェクトX 16 開拓者精神、市場を制す

今読んでいる、この「プロジェクトX 」本、

各テーマごとにまとめてあり、20冊並んだ図書館で

どれにしようかな!と選ぶのがちょっと楽しい。



今回のお話は

①救命救急 ER誕生の最前線

(大阪大学で昭和40年代に始まった救急救命のパイオニアたちの話)


②料理人たち 炎のオリンピック

(東京オリンピック 8000人の料理を用意した帝国ホテル村上シェフたちの戦い)


③運命の最終テスト ワープロ・日本語に挑んだ若者たち

(日本語フォント、ワープロの変換機能に挑んだ東芝の技術者たち)


④赤いメロン 北の大地の20年戦争

(夕張メロンの生産、販売拡大に携わる農家の苦闘)


⑤革命トイレ 市場を制す

(TOTOのウォシュレットの開発と企業のプライドをかけた販売・普及)


⑥勝負の警備システム

(SECOMの誕生物語)


どれも日常ありふれていているもの

だけれどしっかり見つめることで

知ることがとても多いコンテンツばかり。


④のメロンとかは、産地直送のさきがけとして

そしてぎりぎりのラインで生産をしてきた人たちの苦悩

炭鉱に換わる経済基盤を作った、

スキルとか技術ではなくて「想い」の強さや

続けてきたことにエッジが立ってます。


どの話でもいえることなのかな。


そーいや夕張メロンて、すかいらーくが商品として

仕掛けた部分もあるみたいですね。


商品登録して流通を困難にしている中国の商売に

見せてやりたいもんだ、




プロジェクトX 宇宙のロマン スバルの建設と意義

世田谷に住むようになり早2ヶ月、

図書館が近いのが嬉しいです。


で昨日借りたプロジェクトX第4巻に感動し、

興奮状態さめやらぬまえに一筆。



ハワイのすばるという天体望遠鏡の話。


総額400億、かけた年月17年。


国からの予算がたいへんだったよう。

中心になった人物が小平桂一という人物。

天体に魅せられ、宇宙の果てが見たいという想い。


ちなみに宇宙の果てとは

宇宙自体、膨張をしており現在誕生より150億光年。

ならば距離にして150億光年先には始まりがあるという壮大な話。


後に続いていく研究者のために論文を個人として発表するだけでなく

施設を建てることはとても大事な作業と認めてくれた、

ドイツ留学時に知り合った奥さん、

ハーフということで日本でいじめられる中、世界の人が分け隔てなく

使える望遠鏡を作ってといった二人の娘

留学したドイツで、肉屋のオヤジに

ソーセージをやるから天文について面白いことを教えてくれと言われ

学問として活きていることを感じた環境が世の中にはあると感じたことなど

そんな支えや、人のつながりも大きく作用しているだと思います。


そもそも天文学の意義とは、

古代からその星の固定した位置を理解して

大航海時代は始まり、地図作られ

様々な学問ができた「基礎科学」として大事な分野の学問らしい。

故にすぐには役に立たぬが50年・100年を経るにつれ

意味を成すことのよう。


ゆえに

「天文学の推進は全人類的課題であり、各時代の文明の粋を傾けて

努力が続けられてきた。それは、その時代において経済的に、また技術的にそして

文明的に水準が高い国々が天文学の最先端を担ってきたという歴史があるという。

その役割を担うことは、国際的に尊敬され名誉なことである」

とのこと。



1980年代当時、日本の天文施設は外国の施設を借りて

行わなければいけないためとても脆弱な状況だったそう。



そこで、国会議事堂・文部省・東大を営業し、

何のために行うかを根気よく伝え、理解者を増やして言ったところに

小平氏の凄さ、かいた汗の素晴らしさがあるのだと思います。


また彼が引きちぎれそうな想いとカラダを引きづりながら

駆け回っていく中で携わった仲間、

予算申請に携わった森氏、

会社から批判されながら巨大な光学望遠鏡を作った三菱電機の三神氏

法律がなく、予算が下りないのだったら法律を作ればいいと言ってくれた

高校の同級生 大蔵省理財局長 大須氏

電波系天文学の権威 海部氏

等々、参加した人間もその重要性を認めたところは

小平氏の想いの強さをうかがわせるところでもあります。



ちなみに今、バカンス中、残り14日。

プロジェクトXの本は全て読んでしまいたいと思っております。


久々の日経MJ

新年、時間が空いたので

日経MJ読む。


・・・とても世界が進んでる、おれなにやってるんだろ!

以下、内容略抜粋


080104
・セカンドライフの現実と可能性
(ここまでやっているのか!というのが正直な感想。
 手を出していないトコロの為、わからないまま。
 ちょっとまずいかもと思った)

・佐藤可士和、コナカのスーツもプロデュース(スーツセレクト21)
 差別化の競争が始まってきた
・メガ牛丼など好きなもので胃を満たす、食の幼稚化がすすむ 
・添乗員一名に付き、1名の客のツアー
・日経優秀製品・サービス賞
ハニービー(手軽なラジコンヘリ) アラウーノ(便器)
フリクションボール(消せるボールペン) グランドピアニスト(ミニピアノ)
優秀賞
nanaco ハーゲンダッツドルチェ セグレタ 樹脂製の小窓APW230

港町が元気
・海軍グルメ
(呉 肉じゃが 横須賀 カレー 佐世保 ハンバーガー 舞鶴 ビーフシチュー
新潟 ミートソーススパゲッティ 気仙沼 ホルモン )
・神戸(大学キャンパス 中古建機のオークションのメッカ)

・TDL25周年
・ハウステンボス
(花を中核に据えた長期滞在の観光地、周辺 伊万里・嬉野温泉などと協力
 生活機能を持つ街づくり)

 

菜の花の沖 ~③高田屋嘉兵衛の作り方

菜の花の沖 ~③高田屋嘉兵衛の作り方

さて、高田屋嘉兵衛本人の話。

さて、高田屋嘉兵衛本人の話。



彼自身、淡路島の出身であり
偉人として奉られており春には高田屋嘉兵衛祭り
もあるそうです。


庄屋の分家の分家の子として生まれ
貧農として色々と屈辱を乗り越え、
淡路島を抜け出し、当時の港町西宮へたどり着きます。


この土地には母方の弟が婿養子として入った家が
鳥取藩の御用達廻船屋として西宮に拠点を置いていた手前もあり
奉公を始めるのですが、
もともと出来る人間&かわいがられる人だったのでしょうね。

瞬く間に、船主になってしまいます。


船のりをざっくりランク付けを話すと
下働きの「若衆」管理職の「船頭」そしてキャプテンの「船主」
に分けられるのですが、
かれは5年くらいで船主まで登ってしまい、
30歳手前くらいで自分の船を持つに至ります。



これは、西宮を仕切っていた「北風家」という家から愛された
周辺に居た船乗りの先輩・そして環境にも恵まれ、
航海を学び取るのにいい環境だったとも読み取れます。


徐々に事業拡大する中で
北前船、つまりは北海道貿易をはじめ
自前の船を幾艘も持つに至ります。


このあと、幕末の北方の冒険家、
最上徳内やら近藤重蔵などが出てきますが
意志あるところに人は集まるのでしょうね、
幕府もちょうど蝦夷地の開発を始めようとした矢先だったため
蝦夷地航海になれている嘉兵衛を
御用船乗りとして雇いようになります。


幕府は、奥地まで行く交通の手段を得る、
その後産業を作っていくのは高田屋、
と双方にwin-winの関係に居るわけですが、
そうは問屋がおろさないのが
ロシアの進出ですわ。



ロシアにおいてのターニングポイントは
ピョートル大帝の出現。
彼は1600年代に現れる人なのですが
産業・軍備を整えた後、資源として毛皮を求めて
シベリアを自国化するために東へ東へと進みます。


利益になるものを奥地に追っていったことは
アメリカの西部開拓に性格が似たものなのでしょうか?
シベリアの土地は、作物が実る土地ではなく、
食料は本国から運ばねば生活が成り立たぬ土地なため
そして60年で太平洋まで至ったことを考えると
驚くべき事実だそう。


太平洋側の貿易・補給の拠点として
日本の開国を1800年代初頭に行っているわけですから
ペリーよりも日本近海への出現は早いわけですよ。

その昔、井上靖原作の「おろしや国酔譚」映画という話で出てきた
大黒屋光太夫というひとは、船が流されてロシアに着き、
モスクワまで行ったそうです。



当時の航海方は、羅針盤など船の位置を測るものがなく、
陸地沿いに進んでいくという方法だったことと、
徳川家康時代より国を同じ形で守っていく
という国是があった為、
船自体も技術的な改良がなされなかったようで、
世界的に見ても驚くべき航海術があったそうです。



その未熟な船たちは大波にもまれて、ロシアまで流された人は数知れず、
大黒屋光太夫もその一人だったようです。


鎖国を国是として唱えて居る以上、
海外に出てもどるとは、打ち首だったようで、
ロシアにそのままいついてしまう方もいたようです。

大黒屋光太夫は日本に戻り、
ロシア進出の危機もあったのか、
幕府も情報収集もあった為
蟄居という形でその生涯を終えます。

話反れました。


で次回は、嘉兵衛とロシアとの接点です。

菜の花の沖 ~②江戸時代の流通経路~


江戸時代の日本の船航路は2方法あり、
大坂を基点に
①山口の下関まわりで能登半島・東北を経て
北海道に行く

②もしくは和歌山沖から駿河湾・相模湾を突っ切って
江戸に行き北上する方法の2ぱたーんがあったそうです。


②については、商品作物の生産は
西日本が盛んだったため、
東京は常に物がない状況で、
もって行けば売れる、だったのですが
いかんせん、波が荒い。


和歌山の串本という紀伊半島の先端や
伊豆半島の先端下田や西伊豆の堂ヶ島あたりは
波待ち・風待ちで寄港した船のおかげで潤った形跡があり
様々な遺構があります。


ちなみに、灘の酒は、天下の銘酒と江戸時代から
親しまれており、
その年一番に蔵出ししたお酒を
品川沖まで運ぶ競争もあったそうで、
高田屋嘉兵衛も競争の中で

品川に一番に到着し

そこで名声を得た話がありました。


繁栄としては
波の穏やかさゆえに
①の航路のほうが発展したようです。


・船が物産を持ってくる、
・寄港地は停泊代を税金としてもらう
・船は積んできた物品を寄港地で売る
・寄港地の産物をのせる
(そうしないと船が軽くなり倒れやすくなるから)
を繰り返し、北前船とよばれる商船は
北海道に行き、
塩をどっさりおいて

対価として塩漬けしたニシンやら鮭やらをつんで
再び大坂に戻り、大商いをするそうです。


塩を北海道で作らず
船で運んでいった経緯は
塩の製造は、
釜で海水を煮詰める必要があり、
北海道は、燃やせるほど木が生えてこなかったため、
明石やら山口県のあたりやら北陸で塩を
船に積んで持っていった記述がありました。


北前船がどれだけ儲かったかを示す証拠として
寄港地として栄えた島根の浜田とか能登半島の輪島だとか、
山形の酒田だとかは、いまにもその繁栄が伝わる
建物・祭りが残っております。



東北地方は商品経済に巻き込まれたため、
米の生産を中心として生活している東北の貧農が
極貧農になり、庄屋は大庄屋になる形が出来、
酒田の本間様という家も、より繁栄し
これは昭和はじめ、戦後の農地開放まで続く根強いものになりました。  
「本間様にはなれぬが、せめてなりたやお殿様」という
落首があるように、その繁栄は武士を当に超えていたのだと推測できます。


高田屋嘉兵衛自体は、
この②ルートで北前船を何艘も操り、
利益を上げていたようです。

ぺリー来航以前に
ロシアの国交交渉に関わった人で、
その動きは冒険的であり、
かつ性格は現代から見ても全うな方だったと思われます。

「菜の花の沖」司馬遼太郎著  ~①近世の日本の物流を見る~

滞りすぎのBlog、スタートします。


最近、一人で「司馬遼太郎フェア」を
開催しており、

全作品を読んでしまおうと思っているからです。
日本の形を歴史的側面から理解したいなあと思っていることもありまして・・・


というわけで読書感想文。


9月に読んでいた本「菜の花の沖」

主人公は高田屋嘉兵衛という
淡路島出身の江戸時代後期1800年前後に活躍した船乗りの話。

現代でもそうですが、土地を持ち、
そして商売をすることが最良とされているのか
銀行も担保にしやすいためお金を貸してくれます。


ゆえに、江戸時代、士農工商でも武士以下は
その時代の産業の核とされていた米と生み出す農民が
武士の次に偉く、物を作りだす職人が次で
さいごにくる商人はランクが下に見られていたようです。
船乗りは商人であり、また、陸にお店を構えないため、
階級としては低く見られていたそうです。


ただ、1750年以降、
田沼意次が重商主義的政策
(つまりは、
米を中心に経済を回すより他の産業を興して
商品流通を活発化し、税金を頂く、というかんじですか?)
を唱えてより
にわかに商人が重んじられるようになり、
また、産業の構造自体も米の流通のみでなく、
ホシカと呼ばれる小魚を肥料として使い

農業生産を上げる方法が唱えられ、

国の名産自体が地消地産だけでなく
様々な流通経路を経て全国各地に商品が回るようになったため
貨幣経済が活発化したようです。

商品自体、米と一緒で
大坂の堂島に集められ、そこで値が決まり
全国に売られていったため
自然、様々な産物が大坂に集まったそうです。


ゆえにこの時代の大坂の商業的な勢いは
時代の比較はともかく東京をしのぐほど…
だったのではないでしょうか?



田沼自体、賄賂政治といわれ失脚前後は批判されておりましたが
その考え方は近代の明治政府が
産業を興し通商を盛んにし
富国強兵に努めたことを考えると
きわめて先進的で、生まれた時代を間違えたというしか
ないのかもしれません。


余談ですが

このあと政権を握った松平定信は
昌平校の設立や朱子学の復活などを
行っていきますが、社会が商業を中心に回り始めている以上
江戸時代初期のコメ流通中心だった時代の
学問が経済の流れ自体変わっており

朱子学がメインにならない学問だったのかもしれません。


ゆえに、松平定信自体も寛政の改革に失敗するのかと思います。

花神kashinn ~司馬遼太郎 著

花神=中国では花咲じいさんのことらしい。


あまりこの題名について深い説明はなかったが、
明治維新を進めた人、近代日本の軍制を築いた人間
大村益次郎の話。


全体的に、色々な登場人物や
この主人公自体が、「蘭学」を中心に活躍した人のため
その分野が多岐にわたることから、ポイントポイントで
様々な解説がでてくる。
「医術」「戦略術」等々。


蘭学を収めるにあたって、

語学ができること

=その他の海外文献も読むことができる

=医学と同じく、最先端の戦闘に関する記述を読み、パイオニアになっていく


ことから幕末の蘭学者の語学力や知識への必要性は、

「尊皇攘夷」が普通だった庶民に対し、

国の国家中枢では、未来を見る為にとても必要だったよう。


それと、この先駆者たち、みな若い。

初代総理大臣になった伊藤博文や井上馨などが
所属する長州藩の一大事のために
軍艦3隻や新型の鉄砲5,000丁買い付けに
責任者として長崎に行くのが
24歳とか25歳とか。

遅咲きの大村益次郎でさえ、
45歳で明治維新後の初の国防大臣になっていたりとか。

年齢ではなく、有事に能力こそ優先順位が高い。



そんな変革の中心は、
百姓や、下級身分の足軽が多いよう。


「これまでの」
古い慣習を打ち破るには、
「これから」に対しての強い意志をもった
活力が必要なのかもしれない。

それは「若さ」なのか?


とにかく、時代に花を咲かせ始めた人たちの
熱い話。

偉人の人生から学ぶ~日経「私の履歴書」より

日経新聞を毎日取ってます。

先週ぐらいから、「私の履歴書」江崎玲於奈氏。


ソニーに転職して

エザキダイオード(?)を発表したところ、

さまざまなところから、

「うちに来ないか?」と誘いがあったそうな。


そんな中、アメリカのベル研究所張ってあった言葉、

「時には踏みならされた道を離れ、森の中に入ってみなさい。

そこではきっとあなたがこれまで見たことがない何か新しいものを見いだすに違いありません。」


アメリカ留学の希望がむくむく出てきたそうな。


ますます楽しみ、私の履歴書!


年末に某中央紙M新聞の記者と話してて、

「私の履歴書」が渡辺恒夫だったとき、

「日経は、団塊世代が会社を辞めることで、いかに読者を維持するか苦心している」

一例だそう。


暴露話ばっかで、「おい大丈夫か?」と思わず思ったもの。

新しく履歴書が本で出るらしいし、

読んでみようかな。


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