本家のお父さんの納骨

雨のなかの納骨になった

思えば本家の父さんが突然の危篤になり、

病院や本家に通い詰めている間にSIIの状態が更に不穏になった

それから約一ヶ月目で入院した

本家の母さんはSIIの入院を知らず、帰り際

「これをSIIに持っていけ」と赤飯を持たせてくれた✨  


本家の母さんも膝の手術で20日から入院するのに余計な心配はかけられない

SIIの入院は、入院時の連帯保証人をお願いした兄貴にだけは知らせたが

未だ皆に内緒だ

SIIの入院で、改めて過去のデータや今までの薬の変更記録や

症状の変化などを冷静に見直す機会になった

その事は、良かったと思う

SIIのありのままを受け入れよう…といいながら

SIIの病気を装うような態度や、狡さや強かさに腹をたてている自分を反省したり、

やはり何処かでSIIの病気を受容仕切れていない自分と

上手く距離を取りきれていない自分の弱さを思ったりしている



maaは、仕事を辞めてから余計に…

話下手で関われば言葉で人を傷つけてしまうことが恐くて

言葉足らずや誤解で人を傷つけたくないと人を避けるようになった…

SIIが居たことで関わっている人ばかりの今の繋がりだと思う

ある意味SIIに感謝だ  と

SIIが居なければmaaは、引きこもりだと思う

独りなら多分、自分の方からは表に出ていかないし、入っていかない、

人見知り

SIIを何とかしたい思いだけで人中や表に出ている





maaは、子どもの頃✨今よりもっと人見知りで無口な子どもだった

近所の年下の女の子が「うちに遊びに来て❗」と言ったのを真に受けて遊びに行った

お昼になり「午後からも遊びに来てね」と言われて「うん」と返事をした

午後からまた遊びに行ったら「なにしに来たの?」って言われた

真っ青になって帰ってきた記憶がある

社交辞令って言葉もそういうことがあるのもわからない子どもだったと思う

小学校低学年で全く幼い自分だった

その時のことを度々思い出す

ずっと大人になっても、自分の方からなかなか入って行けない

ウルサガラレタクないのだ…臆病者だ

ずんずん入ってくる人に引っ張られて生きてきたような気がする

煩がられる事が怖いのかもしれない…小心者だ

多くの言葉を話してこなかったから、たまに発した言葉が変に誤解されたりする

悪循環だと思う

話上手になりたい

だけど、今更ながら…である

とても、話上手な人に憧れる✨けど…