午前中病院から電話があって入院することになった。
相方の携帯にメールをして一緒に病院に行けるか訪ねたが午後から会議の様子。
独りでI主治医との面談13時半ということで入院準備して病院に行った。
病棟は、先の入院から3ヶ月経っていないため急性期の病棟ではなく慢性期の病棟となった。
主治医からの話は、今回の症状は、抗うつ薬の影響であることは否めないようであった。
SIIの場合、脳腫瘍の後遺症の部分により、普通レベルで出来る事と、できなくなった部分があることでの影響もあり、普通の人に比べて、薬の調整がとても難しいのだという話をされた。
病識が出てからのSIIの現実の自分を未だに受け入れられていない事が一番の原因かもしれない。
今まで、今の病院での3年4年かかっても薬が上手く効かなかったり、調整がうまくいっていないことでも頷ける。
主治医は、今回、最後の砦のように抗うつ薬を使った経緯を語った。
結局それも失敗におわったことになるのかもしれない。
薬だけではおさえることができないということになるのか…治せないということなのか?
今回の入院で病棟が変わったことで主治医が先の入院時の副主治医になりそうな話や4月以降医師の移動等で主治医も変わるかもしれない話もされた。
主治医は、お手上げだって云いたかったのだろうか?
とりあえず、薬を使いながら気持ちを落ち着かせるために、私は金曜日まで面会しないことと、今後 人との接触を最小限 制限を(電話や他の患者さんとの接触の制限)かける様子。
普段から人と話ししたくってしようがないSIIがひとりの部屋で寡黙に時間を費やす事ができるのだろうか?
帰宅…夕食時 相方とFっちゃんと三人の夕食。
会話もなく三人寡黙に夕食を食べた。
相方がお風呂から上がってきて SIIの様子を話した。
今回の事でFちゃんもかなり傷ついていると思う。
相方はFっちゃんに「SIIにウザイなんて言うな、優しくしてやれ…」言った。
「SIIは大学に行けなかったことで ふうやタカに引け目があるのだ」と言った。
「段々にお前達きょうだいがSIIの面倒を見ていかなければならないのだから。今のうちに普通に暮らせるようにしてやらなければと思って父さん母さんが頑張っているのだから…」話した。
Fっちゃんの心のいろんな思いもあるのだろうが、Fっちゃんは何も言わず黙って聞いていた。
…けど目は泣いていた。
私は、Fっちゃんは、いつかこの家を出ていく人なのだし…妹弟に、どこまで、負担をかけていいものかという思いがしていた。
SII自身がきっと嫌がるだろう。
だから、こんなふうに病院に入院するしかなかったのだ。
私たち親が面倒を見れなくなったとき、SIIはきっと…グループホームとかに入る…というかもしれない。
出来るだけ今のうちに私たち親が、独りで生きられるような気持ちの安定を付けてやりたいと思う。
切実に思った。
薬ではできない部分での気持ちの安定を どうやってつけてやれるのか?
家族ができることってどこまでなのか?
思いの中で…
