8/20通院する病院に入院にしました。

 

発端はどこにあったのか 距離を置いて自分のスケジュール帳や日記を見直し、振り返ってみると


去年117日多量服薬により入院時は、自宅裏の家に自分の幻聴内容が漏れているとの訴えでした。また デイケアで通所者やスタッフの男の人との関わりの中で性的な被害妄想の出没や幻聴が辛くなった事があった。幻聴内容に支配されての騒動的な自傷行為も見られた。今年216日ケア会議をして退院しました。

3月― 退院後は週34日の病院のOT作業療法と2週間に一度の訪問看護という形で進められた。ほとんど本人の希望。薬の管理は家族。

4月— 34日の病院のOT作業療法と2週おきか週一回の盛岡アダージョ作業所、水曜日の午後ヨガ。金曜日午後習字教室を盛り込んだ。2週間に一度の訪問看護。栃内第二病院心理のリハビリ月一。(本人とケースワーカーさんで計画)

5月— 週45日の病院のOT作業療法と2週間に一度の訪問看護。週4日の病院のOTと週12週に一回の盛岡アダージョ作業所、水曜日の午後ヨガ。金曜日午後習字教室。2週間に一度の訪問看護。栃内第二病院心理のリハビリ月一。(本人とケースワーカーさんで計画)

30日、主治医を変えて欲しいとケアカンファレンス会議を、本人希望で総勢18名で持たれた。納得できなかったのか、その後、帰宅してから、(問題ない量ながら)自宅で多量服薬あり。私が取り乱してSIIを叩いてしまった。救急に受診するも問題なく処置なく帰宅した。

6月— 5月同様の日程。OTの中にデイケアも回数を増やしていた。習字やヨガも盛り込んでいた。(本人とケースワーカーさんで計画)オレンジクラブいわてバージョン1回入った。

7月— 6月同様、OTとデイケア。アダージョ。地域活動センターのNPO立ち上げに向けての支援者の要請に一緒に立ち会わせたり、初めて会う人との関わりが多かった1ヶ月だった。卵巣腫瘍の疑いで7/20~23医大産婦人科入院。7月26.27盛岡、アダージョ28オレンジ。。。と続いた。

剣道の稽古を始めようと防具の修理や稽古着を新調してりした。日中一時支援センターのヨガや習字は疲れや病院予定が立て込んで休みがちになった。

8月— 8/1デイケアにケースワーカーさん(苦手とする)と一ヶ月の予定計画しながら、相手の足を広げて座っているのが、ものすごく嫌だったらしく(後で話してくれた)意識喪失発作アリ。今後当分デイケアは行かずOTの療法士さんと計画を立てることになった。

/3医大産婦人科検査、受診。卵巣腫瘍は変わらず。10月MRIの予定。

8月に入り、頻繁に自宅裏の家に自分の幻聴内容が漏れているとの訴えあり。

思えばこの頃から気持ち書き込みノートが空白。主治医にも言えない内容の幻聴らしい。女性の看護士や医師には相談ありの様子。病院はOTのみの参加。ヨガも習字教室も休む。お風呂はカラスの行水。部屋はますます散らかりっぱなし。

8/8国立病院機構花巻病院OTから皮膚科行く間に口論になり突然走っている車から飛び降りようとすることがあった。

8/11から13家族旅行で温泉入浴時、脱衣カゴに見えるように放置してあった婦人の下着じっと見ていた事を注意され、変態と思われたのではないかとそんな自分に落ち込んでいた様子。(後で本人が話してくれた)8/14お盆、来客の叔母夫婦にも反応して元気がなかった。実家に行っても、疲れている様子が伺えた。幻聴を喋っていないか…と私に聞いてくることがあった。

8月当初私たち夫婦での衝突があったりしてシイがそれを気にして、不穏な思いを家族にしゃべれてなかった事も後で聞いた。外来担当看護師さんには聞いてもらっていた様子。

こんなふうに書き出してみると、徐々に不穏は強くなっているような感じ。2月退院後は少しずつ幻聴を別のものと識別できるようになっていたが、6ヶ月たって疲れが出たの。疲れが不穏を助長するのか…なあ 思い。私の近すぎるがゆえの対応の不備、反省しながら。

どうしたものか…臨床心理士の山○先生に相談したところ、

性的な幻聴の背景には、異性とつきあいたいけれどもうまくつきあえない葛藤があると思います。女性としての意識が強まるのは人間として当たり前の事ですよね。ですから、この事に対するご両親の対応に問題はありません。

 思うに、多くの人たちに承認されることで自分の不安を解決しようと焦りすぎて、多くの人たちの前に出ることで余計に自分自身を追い込んでしまったのではないかと思います。

――― といった、鋭い指摘がされた。

表に出ることで解消できるのか…という思いで、敢えてこちらからも連れ出していたが、バランスの極めが大事。