勉強する事の意味について茂木健一郎氏のクオリア日記に載ってて…

ふう…む…と想った。


いつになっても…

いくつになっても・・・


固まらず進化する自分でありたい…想う


少女の時代に、学ぶ事の楽しさに気づいていたら…と想う


楽しくてしようがないジャン…

知らないこと…如何に多い事か

今…


時間が限られてる・・・今…

でも楽しい…学ぶ事楽しいよなあぁ





子ども 「先生、なぜ勉強しなければならないのですか?」

先生 「うん、いい質問だね。君は、どうしてだと思う?」

子ども 「いい学校に入るためかなあ。ママはそう言っています(笑)」

先生 「なぜ、いい学校に入る必要がある?」

子ども 「そうすると、良い仕事に就けるから? ママはそう言っています(笑)」

先生 「うん、そうだねえ。それも一つの考え方だね。君のママは、きっと、君のことをよく考えてくれているのだと思う。親の言うことは、とりあえずは素直に聞くものだよ。」

子ども 「それじゃあ、先生も、ママと同じ考えなの?」

先生 「うーん。ちょっと違うかな。」

子ども 「それでは、先生は、何のために勉強すると考えているのですか?」

先生 「それはね、やわらかくなるためだと思う。」

子ども 「やわらかく?」

先生 「やわらかい人になるために、勉強するんだと思う。」

子ども 「それって、どういうことですか?」

先生 「そうだよね。不思議に思うよね。普通は、君みたいに、小さな子どもでいる時が、いちばんやわらかいと思う。そうして、勉強して色々な知識を詰め込むと、だんだん硬い人になってしまう。そう思うかもしれないけれども、実は、勉強をすればするほど、やわらなくなる方法があるのです。名付けて、忍法、ふにゃふにゃの術。エヘン。」

子ども(目を輝かせて) 「へーえ!」

先生 「君も、たくさん勉強して、ふにゃふにゃになる方法を知りたいだろう。」

子ども 「知りた~い!」

先生 「そうだねえ。その前に、なぜ、勉強するとやわらかくなることができるのか、そのことについて、ちょっと考えてみようか。」

子ども 「うん。」

先生 「ちょっと待った! そう簡単に、先生に答えを聞いてはいけないよ。まずは、君が、どうしてなのか考えてみて下さい!」

子ども 「えーっ!」

先生 「それはそうさ。とにかく、ちゃんと考えないと、勉強してもふにゃふにゃになれないゾ!」

子ども 「ちぇっ、わかりました。どうして、勉強すると、ふにゃふにゃにやわらかくなるのか、かあ。」



どうして、勉強すると、ふにゃふにゃになるのか。



子ども 「先生、この前 、勉強することの意味は、ふにゃふにゃになることだと言っていましたよね。」

先生 「ああ、そうだったね。」

子ども 「今日は、それがどういうことか、教えてくださいませんか? どうして、勉強すると、ふにゃふにゃになるのか。」

先生 「ああ、いいよ。もちろんだとも! 君は、スパゲティは好きかい?」

子ども 「ええ。ミートソースとか、ナポリタンとか。カルボナーラも好き。」

先生 「スパゲティの一番おいしい茹で方は、どういうのか知っているかい?」

子ども「知りません。」

先生 「アルデンテと言ってね、芯が少し硬くて、中が柔らかいのがいちばん美味しいゆで方なんだ。」

子ども「ふうん。」

先生 「勉強することは、つまり、アルデンテになることなのさ。」

子ども 「えっ、スパゲティと同じなんですか?!」

先生 「そう、おいしいスパゲティと同じ。君には、まだわからないかもしれないけれども、人生ってさ、どんなに勉強しても、結局わからないことばかりなんだよね。」

子ども 「えっ、そうなんですか。ぼく、先生ならば、何でも知っているんだと思っていました。」

先生 「ところが、そうでもないのさ。どんなに勉強しても、結局未来がどうなるかわからない。自分一人の人生はもちろん、世界についてもどうなるかわからない。だから、結局、出たとこ勝負で生きるしかないんだけどさ。」

子ども 「出たとこ勝負!?」

先生 「そう、出たとこ勝負。その、出たとこ勝負においては、ふにゃふにゃにやわらかいことが肝心だ。何しろ、何が起こるかわからないのだから、どんなことが起こっても、ちゃんと対応できなければならない。ふにゃふにゃに、柔軟に適応できなければならない。そのために、勉強が必要なのさ。」

子ども 「親戚のおじさんが、学校に行って勉強ばかりしていると、頭が硬くなるぞ、と言っていました。あの時、おじさん、お酒を飲んで酔っていたけれど。。。勉強をすると、ふにゃふにゃになって、どんなことが起こっても大丈夫になるのですか?」

先生 「大丈夫、という保証はもちろんない。だけど、大切なことを勉強して、自分の中に揺れ動くことのない硬い芯、難しいことばで言えば<プリンシプル>ができればできるほど、外側はやわらかく対応できる。これが、スパゲティで言えば、アルデンテな人間さ。ところが、ろくに勉強しないで、自分の中に確固たる芯がない人ほど、頑なになる。どうしてかわかるかい?」

子ども 「どうしてでしょう。」

先生 「自分の芯がぐずぐずに柔らかいことを知っているから、何が起こるかわからない世界がこわくなって、外側の殻をがちがちに硬く固めてしまうのさ。そういう人は、ある特定の価値観にこだわったり、それを人に押しつけたりする。一方、芯がしっかりとして、少々の強い風が吹いても折れないと自信がある人は、平気で自分を世界にさらすことができる。だから、アルデンテ。」

子ども 「ふうん。じゃあ、先生も、アルデンテ?」

先生 「まあ、なかなか理想の通りには行かないけれども、芯がしっかりしていて、外はやわらかい、というのが理想だな。」

子ども 「ぼくも、アルデンテになりたい!」

先生 「まあ、とにかく、いろいろと大いに勉強して、少しずつ勉強することの意味を理解していくといいね。ある意味では、勉強することの意味を知るために、勉強しているとも言える。どうだい、難しい話ばかりして、お腹が空かないかい? スパゲティでも食べに行こうか。」

子ども 「うん! おいしいスパゲティを食べて、アルデンテの研究をする!」

先生 「こいつめ、現金なやつだ。」

子ども 「へへへ。」