2008年3月10日(月曜日)晴れ
大分春めいた今日であった。
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3月頭に、2ヶ月ぶりに見舞ったシンノスケ叔父さんは、自動の床擦れ防止マットを敷かれているものの前に来たときと殆ど変わりない様子に見えた。
声を掛けても確かな反応は無いものの、頭を撫でると、擦り寄るような仕草をしてくる。
シンノスケ叔父の意識は此処にあるのだろうか…?
彼岸と死岸の間を船で行き来しているのかもしれない…とも思えた。
こんな状態でも生かされて居ることの意味を想わずにはいられない。
ふと…長い月日を夫婦してきた相方と、何時かそんなふうに意識の分かれ方をしたとして…私はどうだろう…
それでも相方に生きていて欲しいと想うだろうか…?
例えば逆の立場であったら、相方は私に、それでも生きていてさえいればよいと想うだろうか…?
寝たきりの日々が長くなればなるほど・・・わからなくなりそうで怖い。
生かされることの意味を考えながら、ここ数回お見舞いに行ってもシンノスケ叔父さん以外には遭遇できないという事実の中で複雑な想いと、答えの出せない疑問の中にいた。
