2007年12月23日(日曜日)  曇り 後 雨


今朝も寝坊をした。


今日は誰も出かける用事もなく穏やかな朝であった。


ゆっくりと朝食を済まし、トイレ掃除などの家事を手早く済ませた。


今日はシンノスケ叔父さんのお見舞いに行くことにしていた。


市内の病院から奥州市の病院に転院した連絡を受けて数週間が過ぎていた。


転院の知らせを実家の母に電話で連絡ありの時、割とこまめに

お見舞いに行くものだから私にも知られて欲しいと云ってくれたらしい。


遠くて場所が分からないのと休日ごとに予定が入っていて行けずじまいで今日になった。


相方が一緒に行ってくれる事になって、実家の母へ「一緒に行かないか」と電話をした。

今日は予定があるらしい。


結局、SII-を連れて3人でシンノスケ叔父さんの入院している病院を目指した。

何の関わりもないのに、私のために付き合ってくれると云ってくれた相方に感謝しながら…


母が教えてくれた病院の名前がヨシダ医院であったがその名前の病院は無く

ヨシザ○医院…という病院が有ったのでもしやと思って入ったら当たりであった。


6人部屋に付き添いも無く、独りで居た。

鼻から酸素を入れられて寝ていた…。

『シンノスケ叔父?MAAだ…分かるか?』と声をかけた。

目を開けてみていたが何の反応も無かった。

しばらく目を見つめていた。

少ししてシンノスケ叔父は、無言のまま、まっすぐに私を見て、とっても悲しそうに顔を崩した。


独りで寂しいのだ…と思った。


祖母が亡くなる前にやっぱり病院を転々とていた。見舞いに行った私に

一言…『とぢぇ、だぢぇ~…(寂しいの意味)』と云って涙を浮かべた。


生かされることの苦しみを想った。


シンノスケ叔父が危ないと云われて駆けつけた時、心から生還を祈った。

持ち直して、とてもホッとしたし嬉しく思った。


然しただこうしてベッドの上で寝かされているだけの日々を想うと…

それも辛いことなのだと…

生かされる苦しみって事もあるのだ…と思えた。

『シンノスケ叔父…家に帰りたいね…早く良くなって帰ろうね…』と声をかけた。


前に来たときより確かに分かるくらい白髪が増えた…シンノスケ叔父の頭を撫でた。

シンノスケ叔父は私の父とそっくり、おんなじ頭の形、そして顔で…

気持ちよさそうに目をつむった…




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SII-は先週より、確かに…格段に良くなっていると日を追って思う。

先週は、ぼうっと立っているだけだったけど、今日は手伝おうとしてくる。

『外泊中の様子を書き込む用紙に進んでお手伝いした…って書いてね…』と注文を出す始末。


本人、退院したい気持ちになっているらしい。


何か悟りのようなものが出来たのか・・・?

病院に対する思いに変化が出来たのか・・・?


また、何時もの繰り返しか…?


前の病院の経緯と今回はどれ程の違いが有るのだろうか…?