①今回の入院までの状況
・ 今回の入院は意識喪失、もしくは夢遊の徘徊から脱力、転倒、ケイレン発作の出現による。
・ 夢遊の徘徊は10月の入院前時点では施設のみでの出現であったが早めの対応ということで10/15 I病院に入院した。
・ 発作が治まって11/1退院してからは『家にいて発作が起きるのでは…』という不安をしきりに訴えていた。
・ 間食を我慢できずコンビニ通いをしてしまうことへの自己嫌悪もあったのかもしれない。
・ 無意識の中で徘徊対策として主治医から指示で、リストバンドに連絡先を縫いつけた、その当日の午後に、自宅から徘徊、道路に倒れている所を救急車通報され、リストバンドの連絡先から相方の携帯に電話があり。駆けつけたときには救急車到着済みであったが、救急車拒否をして家に連れ帰った。その後も夢遊の徘徊…その後、ケイレン発作あり。相方が午後から休んで付き添う形になった。
・ 翌日、水曜日でS心療内科に来ていた主治医を受診。
午後から付き添わなければならない状況とケイレン発作を伴うことにより I病院に入院することになった。
② どのような時に症状が出現しやすいのか
・ 症候性テンカンによる人格の変化もあるのだというお話もあった。脳の機能の障害による脳器質性精神障害ということが無ければただの解離、ヒステリーということになる症状だといわれた。解離のみの症状であれば30歳から40歳…加齢により治癒することが多いがSII-の場合、脳自体の損傷もあるとすれば長引くであろうということであった。
※自分に関心を引こうとする行動。
・ 病院の中で言えば、看護室に入り浸って看護の申し送りに耳を澄ませて聞き耳を立てている。部屋に戻るよう…やんわりと言うと看護士に寄りかかるように脱力発作を起して見せるというような一見ワザと遣っているように見えるような発作であること。
※空気を読めない行動。
・ 相手の立場や気持ちを考えた行動や話が出来ずに独り浮いてしまったり、相手を傷つけてしまって敬遠される状況が今、既に病院内でも起きているということを云われた。
※自分がしたことに気づいていない事が問題であること。
病気だということで親としても、いちいち注意してこなかったことにも原因があるのかもしれない。
・ 相手に無視されたり、中傷されたことだけが心に大きくなって自分が認められていない…と猜疑心を持ったり被害妄想的な思い込みが大きくなると自分はどこに行ってもみんなの重荷であり邪魔にされているような気持ちになり、もっと別の自分を受け入れてくれるところに逃げ込もうとする…。その繰り返しで入院を繰り返すようにも思える。
※本人の目標値が高いことにも問題があるのかもしれない、と云われた。自分の病気の現実と等身大で向き合えていないのかもしれない。何か行事や勉強会があるたびに出来ない自分と向き合い落ち込むことになることも、これに当てはまるのかもしれない。
③ 出現した場合の対処法
・今回の入院直ぐの抗ケイレン剤の血中濃度の検査結果は9月バルプロサン-45(50-100)-フェニトニン-9(10-20)に対してバルプロサン-28(50-100)-フェニトニン-8(10-20)〔主治医からの口頭での記憶のため正確であるかは微妙〕とかなり下がっていた為『ちゃんと服薬していたのか?』と聞かれた。「朝晩は間違いなく飲んでいた」と答えたがケイレン発作は血中濃度が下がったために起こったものという判断で、薬の管理を本人でなく看護士から出す形で様子を見るということと話された。
・ 発言や行動に対しての学習は入院中に主治医のほうから細かく指導していくようなことを話された。
・ 間違った言動には、その現場で注意すること。まったく違う場面で注意されてもその意味を把握しきれないということを指摘された。
・ ほめる事が大事…前回も言われたが今回も再度確認された。自信に繋がる事と何が正しいことなのかの本人の判断となる。
④ どのような時に症状が安定しているのか
※家族的に感じるのは…
・ 何かに集中している時。
・ 家族が一緒の土日はわりと発作が無い。
・ 不安が無く気持ちが安定している時なのかもしれない。
⑤ 対処として留意する点
・上記のことに気をつけながら対応することと心の安定が一番なのかなあぁぁ…という感じ。
・受傷後、特に甘やかしてきた部分もあるのかなあぁぁ…と相方と話した。
・その辺も考えながら退院後の対応を考えていかなければならないのかもしれない。
