2005年3月から始まった脱力発作…4月テンカンの専門病院入院経過のうちに幻聴や幻覚を含むヒステリー(転換性、または解離性障害)とパニック発作、擬似と識別出来にくい転倒発作、ケイレン発作を繰り返し続いた入退院、2年以上。
退院して4ヶ月弱。
上musumeのSII-の発作が此処一ヶ月半、皆無…は記録である。
発作が全然起こらない最長記録を更新中。
素晴らしい…。快挙…。(メデタイ!実にメデタイ!! パチパチ…)
あの取り付かれたような発作の日々を思えば、今は夢のようでもある。
あの発作は、何から来ていたのだろう。
Excelで「SII-発作表」を作って発作の日にちと時間帯等を分析してみた時、一定の条件が有ることに気づく。
SII-の中に、甘えたい、カマってほしい、注目されたい、存在を認められたい…そんな思いが奥底にあったのかもしれない。
無意識の中の意識について思う。やはり薬だけでは止める事のできない発作であったのかもしれない。
この2年の入退院のうちに私自身、色んなことをSII-を通して学んだ。
その中で、今一番思うことは、大きな病気をして、手術をして生還した者のその後の生活する上での『メンタルな部分でのリハビリ』の必要性である。精神的に未熟であればあるほどそれは必須のモノとなる。
よくアメリカの医療現場のホームTVの中などで緊急の手術現場には決まって精神科医や心理療法士などのスタッフが揃っていて当たり前のように出てくる。
その部分のケアが足りなかったのかもしれないし家族も、もっと学習するべきだったと思っている。
SII-の心の葛藤に気づいて遣れずに、察する事ができずに、ただ生還した喜びだけで、普通に元の生活が出来ると思い込んで、それを要求してしまった事。
娘への済まないという思いと後悔の念が今、自分の中にある。
去年11月、初めて鍵の中の精神科に入院して、S_Drに出会って、『褒めて自信を取り戻させる事』の大切さを学んだ。
SII-が脳腫瘍の手術後、積み木崩し的に失ってしまったもの…
それは、今まで通りに出来ないもどかしさと、高次機能障害によると思われる、見た目は普通でも色んな部分で状況判断できない(空気を読めない事での)廻りの人間からの虐めや中傷による自信の喪失だったのかもしれない。
精神科の病棟での一ヶ月と退院してからの(施設を巻き込んで話し合いを持って、SII-を取り巻く者が同じ思いで)リハビリに取り組んだ事が、発作から抜けるきっかけになったのか…。
やっとの事で、娘のSII-は基本的な生活習慣が身につけて、一日の生活リズムを刻む事ができるようになった。
定時に起きて定時に寝ること。
間違いなく薬を飲む事。
夕食の支度等の家の手伝い。
一日の予定、一週間の予定を立てて実行できるようになった。
施設では作業のいろんなことに挑戦させてもらいながら出来る仕事を模索している。
週一で近くの先生にお習字。
そして土日のスポーツジム。
出来る事を少しずつ増やしつつある。
その事がSII-の自信になってきていると感じる。
きっとSII-は家の中でも自分の居場所を見つけたのかもしれない。
家族の中での自分の役割を理解して、紛いなりにも果たしてくれるようになった。
日々の積み重ね…慈恵医大の橋本先生がおっしゃった、『直すのではなく、繰り返して習慣にすること』が大切な事なのだと感じる。継続が力になるのだと…。
これからはメンタルな部分での薬を減らしていく努力をしていこう。
その為にも、私たち家族は『観察する事』を怠ることなく、日々見極めながら、一歩ずつではあるが進化していけるように、見守って行かなければならないのだと思っている。
