2006年11月8日(水)曇り時々雨

『地下鉄(メトロ)に乗って』浅田次郎を読み終えた。映画が今、来ているらしいことに、読んでいる途中で気づいた。それから主人公の小沼氏の描写イメージが堤真一氏に摩り替わっていた。

作者自身が自分の遭遇し得ない父の若い時代に逢ってみたいという願望があったのはなかろうか。

誰もが一度は思うだろう願望・・・。

反発した親であればあるほど実は自分がその親にそっくりだったりする。性格とか、気性とか・・・。小沼氏はタイムスリップして若い父と遭遇し実は自分が父にそっくりである事に気づく。数回にわたり、そのたび毎に数年の時を飛び越えながら若い父に出会い、気づき、そして理解していく。

自分のことを思う。父亡き後、母に養ってもらっているという引け目があったように思う。そんな訳で、何も云えなかった。家事は殆んど祖母と二人で遣っていた、というか遣らされた。働く母の代わりに主婦のように、ひと月の食費代を貰って毎日学校帰りにスーパーに寄って買い物をして帰り食事の支度・・・。母のお弁当も自分が作ってあげていた。仕事を終え毎日夜9時近くにならないと帰ってこなかった。何時も不機嫌で帰ってきて、茶の間に塵ひとつあってもガミガミと怒鳴り散らすので、母の車のヘッドライトが見えると私たち兄弟は凄い反射神経で暗黙の了解のように作業分担・・・、ジュータンにローラをかけテーブルの物を片付けて物凄い速さで瞬時反応した。母が茶の間の戸をガラ~・・と開けたときには私たち3人は息切れ状態で母と自分らの顔を見くらべていたものだ。

10代中間辺りから20代前半の母に対しての思い・・・。『お前はこうだ!』と決め付けられることが嫌でしょうがなかった。何が分かる?と思った。私の何が分かってそんなふうに決め付けるのだろうと思った。

早くこの人の世話に成らないで生きたいと思った。

然し今、自分があの頃の母の年になってみると・・・、文字通り父親代わりであった、その大変さは計り知れない。

どんなにか大変だっただろう。その半分も大変でない今の自分である。

『地下鉄(メトロ)に乗って』を読み終えて、反発していた自分のことを思い出す。


そして、いつも嫌と思っていた兄貴の「お袋に似てきたな・・・・」の言葉が、まんざらでもないと思っているから不思議である。