2006年10月4日(水)晴れ
10月10日の予約であったが急遽、薬が其処まで持たない事が発覚し、再度電話して申し込んだら今日の10時半。相方も仕事を休んでくれたので、相方の運転で、矢巾町の病院に・・・。
村上 由佳の「天使の梯子」を借りていたのを読みきるのに丁度よい通院時間であった。(「天使の卵」の続編)
少し入り込めて気がまぎれた。
上musumeの場合テンカン発作というより転換障害(ヒステリー)の発作が主流だとするならば、テンカンの専門病院よりも精神科を紹介して貰った方がよかったのかもしれない・・・と今日紹介状を持って伺った病院で先生とお話しながら思った。
「何でここを希望されたのですか?こんなに不便なところなのに・・・」というようなことを云われて、言葉がなかった。
「本人が自分で希望して自分でこの病院に転院したいとBE-TERU病院でお願いしたので・・・」と言ったもののあまりにも本人任せであったのだろうか?然し思い込んだらもう止めようがない、何の相談も無くDrに談判した強引さにこちらが入り込む余地などなかったような・・・。
病気が病気なだけに、こちらも話し方にも多少なりとも気を使うし・・・。「精神科の方がいいんじゃないかい・・・」と本人を前にしては、言い難い。結局折れてしまったこちらが悪かったのか・・・?
「救急の発作の場合のために近くの病院に紹介状を書きます」という事は、薬をもらうだけなら、近くでもよかったような・・・。
伺った病院にはMRIなどの設備もなく定期的に脳腫瘍の再発の検査のほうはまた別の病院にかからなければならないことになりそうだし・・・。二度手間、三度手間である。一箇所の病院で済ませたいと思うならば多少遠くてもBE-TERU病院の方がよかったと、今更云っても始まらない。 なんだか、どっと疲れて帰ってきた。
初めてなので相方も一緒に行ってくれたが、相方は仕事を一日休む様子だった。帰って13時30分・・・私のほうは、朝に拵えたおにぎりを齧って休む暇もなく14時には会社に戻って仕事に入った。
会社で仕事に追われているうちはよかったが後半ちょっと間があったらガクンと睡魔がきて、そんな自分に、われながらびっくりした。情けない限りである。
病院の転院というのは結構しんどい事なのかもしれない。いろんな事を考慮しながら、どのパターンがベターかもっと検討してから決めるべきだったのだ、と帰ってきて夕食時の家族の話の中での結論である。
上musumeが、話した事がどの程度理解できて納得してくれるかが問題ではある。理解力が果たしてどの程度あるといえるのか・・・?
手術前は確か・・・執刀医に、幼稚園程度といわれたような気がするが・・・・手術後・・そして今は、果たしてどの位になっているのだろうか・・・?進化しているのだろうか?すごくまともな事を言うと時もあれば、全く幼稚な時もある。
かなり波が有るので家族で有っても、理解しがたい・・・。
