義父・・・相方の父は86歳になる。いまだに農業に従事し、家の野菜はほとんどすべて義父が作っている。


義理の母が生きていた頃は、きゅうりやピーマンやほうれん草、枝豆などを農協に出荷していた。嫁ぐ前は6時にしか起きた事がなかったのに5時半、5時と日の出とともに、朝早くから起こされた。農作業をしてから朝食の支度、お弁当つくり、掃除をして、出勤と云う毎日だった。会社勤めをしながら子供が出来て、義理の母に子供を見てもらいながら、働きに出ていた。(義理の母に会社は続けるように云われた)会社から帰って暗くなるまで外で農作業の手伝いをして、それから夕食の支度などの家事・・・育児。会社の休みの日も、「今の若いものは、休みに何を手伝いますか?・・・と訊く事を知らない。」と云われた。日曜日は自由に過ごすものと思っていたのでその言葉にびっくりしたものだ。妊娠中で思うように農作業が出来ない時も「糞の役にも立たない。」と怒られた時は、マジ義父を怨んだものだ。むちゃくちゃハードに過酷だった。

私は、これでもかと思うほど自分を酷使して壊れてしまえばいい・・・、と本気で思っていた。相方はそんな中で、いつでも私の見方ではなかった。私は相方をいないものと思うようにし始めていた。自分を一匹狼、と思うようになったし、それで私は強くなったのだと思う。地獄のような10年が過ぎた。


そういうことを云われて働かされた農業の辛いイメージしか無いので、義理の母が癌で亡くなって、出荷をするような農作業がなくなったのに、あえて、私は農作業をしなくなった。相方が一緒に出ない限り・・・。出るのは野菜の収穫だけ・・・。



その義父が病気になっておしっこが出なくなって泌尿器科に受診した。実はこれが2度目である。前の時もおしっこの管を入れて袋を下げて2週間過ごした。今回もそのパターンで2週間。

土日はサッカーで家にいない相方・・・。畑は手をかけられず草が伸び放題となった。

先日の土曜日、相方は相変わらずサッカーで留守で、おしっこの袋をさげた状態で見かねて畑に出た義父をさすがの私も見かねて畑に出た。「爺・・・直るものも直らないんだから休め・・・、私がやるから・・・。」と言ったが義父も「お前も腰が悪いんだから無理するな・・・」言ってくれて結局、義父と二人で草をとり、とうもろこしの唐を抜いた。腰に効くのでカマで根を切ってから抜くんだと教わった。くいを立ててはせを作り唐を立てかけて干した。農作業は、汗だくだ。


いつも思うのだが、汗はいろんな事を流してくれる。いろんなイライラやもやもやを、汗が一緒に流してくれる気がする。そういう意味でスポーツも登山も、家事(掃除)も似たところがあり、嫌いではない。農業もきっと本気でやれば奥が深いと思うし、ゆっくりと思うままに楽しんで出来るようになればきっと好きになれるのかもしれない。


今日、病院に行って、義父のおしっこの袋がやっと取れた。「ゆっくり、ザンブリとお風呂に浸かれて気持ちよかった・・・」と嬉しそうにお風呂から上がってきた義父に、「良かったねえええ~」と本当にホッとした。


自分はいつ死んでもいい気がするが、身の回りの人や愛する者たちが病気したり、弱ったり、死んだりする事に、スゴイ恐怖を感じる。