5年前、先生とのインフォームドコンセントの時、musumeはは死んでしまうのか・・・、痴呆のようになってしますのか・・・と歯を食いしばって涙を堪えたのが、つい昨日の事のように思い出されます。

20001月14~15日 手術・・・15時間という途方も無く長い手術を待つ中で絶対に大丈夫―――と、もしかして・・・という思いが交互にやってきて私を悩ませたものでした。


そして先生との術後の説明で手術を終えたばかりの先生はオーラを放っていた。ホントに見えた気がしました。助けていただいてどうもありがとうございました。どんなに感謝しても足りないくらい頭が下がったものです。

それは今でも変わりなく先生には今でもとても感謝しています。せっかく助けていただいた命を無駄にすることなく何とか一人で生きていけるようにと祈る思いでいます。


握りこぶし大の髄膜腫でしたが、全摘で取れたという事実はすべて元通りになることだと、その時は何の疑いも無くそう思っていたものでした。

この5年間再発のことばかり気にしていましたが抗ケイレン剤は3年から5年で終わるものと思っていたし、後遺症というものは時が経てば少しずつなくなるものと思っていました。

然し、現実にはあんな大きなオデキが脳を圧迫していたわけですから何も後遺症が残らないわけは無かったのですが、心の問題なのか、後遺症の問題なのか、というと心の問題だというふうに捕らえてきました。

Be-Teru病院に行って診察してから、この5年間、特別な事無しに普通に普通の人として扱ってきたことがmusumeにとってよかったのか悪かったのか・・・(かなり負担をかけてしまっていたのかという思いに)、悩んでしまいました。2年予備校行かせて看護士を目指したこと、その後医療事務を目指して通信講座受けて何度も試験をトライさせた事・・・。

その後、アルバイトも個人病院も1ヶ月持ちませんでした。記憶が上手く出来ないこと、計算に時間がかかること、仕事のシミュレーションが出来ないこと、つまり怠けているように見られたようです。ひどいことを言われて辞めさせられて泣いて帰ってきたこともありました。iwate病院は唯一、本当に良心的で面倒みよくmusumeを良くしてくれましたが先に述べたような経緯でした。


車の免許はテンカンでは取れなかったようなので、知らなかったから取れてよかった―――と云えなくもありません。



5年が過ぎて次のステップに来たのかもしれません。

今後は、今の現実をしっかりと認識してこれからのことを前向きに考えていこうと思います。


先生には大変お世話になりました。

先生のご活躍を心からお祈りしています。


相変わらず休みも仕事していらっしゃるようですが、あまり無理をなさいませんように、身体に気をつけて頑張ってください。

本当にありがとうございました。お世話になりました。