造船所のクレーンが立ち並ぶ湾の入り口に来島がある。来島の隣のちょっと大きい島が小島である。目の前を来島大橋が通っている。



ここに旧陸軍の砲台跡があり、私は3度訪れたことがある。

1度目は幼い頃、父に連れられて兵舎や砲台の跡を見た記憶がある。広く、しんどかったが、妙にレンガ造りの建物を覚えている。2度目は学生時代、学友の一人が小島に別荘をもっているというので、数人で泊まりに行った。今は竹が生い茂り跡形も無い。3度目は後年、忙しいからと言う子供たちを残して、家内と二人遺跡を見学した。


今は市が整備し説明板など完備し、観光地として売り出そうとしているらしい。

島には、海水浴のできる白砂のビーチもある。


小島砲台は、旧陸軍がバルティック艦隊に備え瀬戸内海に築いた芸予要塞の一部であった。

日露戦争後、爆撃機の標的にされたりしたが、砲台や兵舎、発電所、弾薬庫など当時の構造物の大部分が現存している。




福島原発事故、東京電力と国の対応などを見ていると、松永安左エ門という人物に行き当たった。初めて聞く名前だ。


ネットで調べてみると、松永安左エ門(1875~1971年)は電力王、電力の鬼といわれた日本の財界人。壱岐の人で松永安左エ門は3代目。若い頃は慶応義塾に学び福澤桃介とも親交があった。

議員を務め東京電力の社長も務める。


話は違うが、私の学友の連絡にグループレターを利用している。その中の東電に入った人間がいたが、彼は津波に襲われた直後から「すまぬ。みんなに迷惑掛けます」と言っていた。当初、意味が分からなかったが、こういうことだったのか。


再び安左エ門、戦後、池田勇人総理から勲一等瑞宝章の打診があった際、「人間の値打ちを人間が決めるとは何ごとか」と激高したのは彼だった。


しばし何もかも忘れ、想い出に耽ることができました。





最近よく耳にする「液晶」とは、固体と液体の中間的なもので小型テレビに応用され、「プラズマ」は液体と気体の中間的なもので大型テレビに応用されている。固体、液体、気体の中間領域は魅力的な世界だそうです。


来島海峡の陶磁器タコ釣りとは、豊臣秀吉時代、陶磁器船が今治沖に沈み、このとき漁師達は陶磁器をタコに抱かせて引き揚げた、ということに始まる。

先日、テレビでもこのことが取り上げられ、懐かしい顔が映っていた。


島のミカンは美味しいと言っていた。潮風に当たるから・・・。

同じように南予沿岸のミカンは、空からの直接の日光、海面からの反射光、石垣からの乱反射、いろいろな角度から光と熱の恩恵を受けているので美味しい。


福島原発の事故以来、ジュースなどの自動販売機が問題になっている。自動販売機設置台数は約500万台。消費電力は約80億キロワット時。1キロワット時24円とすると年間約1920億円の電気代となる。 これは1台あたり1ヶ月で1~2万円とな

る。


三大綿かすりは、愛媛県松山市の「伊予かすり」、福岡県久留米市の「久留米かすり」、広島県福山市の「備後かすり」をいうとのこと。




ずいぶん久しぶりの感じがする「ことぶき大学」だ。案内を受け取ったが、今年はどうしようかとフト頭をよぎったが、毎年思うことなので先のことは考えずに参加することにした。


行ってみて分かったことだが、市の世話役に移動があったのか見慣れぬ顔ばかりだ。開校式というにもかかわらず市長の出席もない。


参加者も127名にすぎないという。

まぁ、一年間よろしくお願いします。みなさん。





福島原発の事故、浜岡原発の停止は日本の国のエネルギー政策の見直しをもたらした。


高度経済成長期を過ごした私は、大量消費に馴れており、消費は美徳が骨身に染みこんでいる。そのような自分が、これからの太陽光や風力といった再生可能エネルギー政策に、どう対応して行くのか、興味が湧く。


社会的弱者は何時の世にも、どんな世にも存在する。互いにいたわり、思いやり、一定のパイを分け合う社会など存在するのか。


そんなとき、「こっそり国外ゴルフ」のタイトルで、震災対策副本部長らがフィリピンのゴルフ場でプレイしている姿が写真つきで報じられた。おまけに一緒にゴルフをした2議員は「報道はしないでほしい」と強調したとある。

このゴルフは現地の邦人経済関係者と一緒で、フィリピンの日本大使館員やフィリピン政府関係者らはいなかったという。


少しは自分の立場を考えろ、同じ党の人は仕事をしてると言いたい。