神奈川新聞と横浜ベイスターズ | ソフィアの森の「人生は、エンタテインメントだ!」

ソフィアの森の「人生は、エンタテインメントだ!」

音楽が好きで、映画が好きで始めたブログですが、広告会社退職後「ビジネスの教訓は、すべて音楽業界に学んだ」を掲載しました。

例年どおり箱根駅伝を見ています


1月2日は例年通り、起床した後朝食をとりながら箱根駅伝の中継を見ています。


2日の往路はテレビ中継のみ、


3日の復路は我家のすぐ近くをランナーが通るので沿道で応援します。


閑話休題


今年は年男。


同年生まれにどんな有名人がいるのか調べてみました。


岩城こう一、大杉蓮、小林薫、中村雅俊、柴田恭平。


いい感じの役者ばかりです叫び


シブイ役者ばかりですニコニコ


でも・・・・・・・・


オール巨人、笑福亭鶴瓶、も同じですガーン


女性でいうと・・・・・・・


阿川泰子、あべ静江、五輪真弓、浅茅陽子。


それなりです。


ショックなのは、


山本リンダ。


ずっと年上だと思っていましたしょぼん


私が子供の頃、祖母がよく歌ってくれた歌があります。


「む~らの わ~たしの せ~んどさんは こ~とし60のおじいさん それ ぎっちら ぎっちら ぎっちらこ」


60歳って、おじいさんだったんですね叫び


でも、祖父母は二人とも90歳近くまで長生きしました。


当時おじいさんと言われた60歳から30年も生きたのですから・・・・・・・・・・明治生まれとしては長寿だと思います。


大正生まれの父親が亡くなったのが71歳でしたから、あと11年。


あっという間かもしれません。


閑話休題


元旦の新聞各紙をようやく読み終えました。


朝日、読売、毎日、日経、産経、東京、神奈川の7紙です。


昨日書いたとおり各紙を通じて言えるのは、グサッと胸に刻まれるような特集記事や広告に出会わなかったことです。


ただ一紙、神奈川新聞は、さすが地元だと思いました。


横浜ベイスターズの特集です。


まず一面トップ。


「横浜ドーム案再浮上~建設へ市民団体結成」


横浜商工会議所の会員が中心となり、「横浜ドームを実現する会」が再結成されたという記事です。


記事は、


「ベイ売却騒動きっかけ~高まる市民の機運」


市民側からの盛り上がりをトップで紹介しています。


そして中面の特集記事。


「破談で見えた希望~加地社長の奔走」


と続きます。


この記事はなかなか興味深かったです。


加地さんは元電通マンで30年間にわたって同社の横浜支社に勤務していた広告のプロです。


その加地さんの奮闘が


「市民の反応冷たく」~「地元有力者の忠告」~「早くも改革正念場」という流れで構成されています。


1978年、横浜スタジアムが完成して横浜大洋ホエールズが生まれた際、同スタジアムの建設に「市民株主」が800口の資金をだした。2001年には、ドーム球場建設を願う署名が44万人以上集まった。


以前は盛り上がっていたのです。


ところが、昨年10月の球団売却騒動のとき、加地社長は大きなショックを受けることになります。


横浜ベイスターズのため休日返上で奔走してきた加地社長にとって、身売りという事態もそうだが、何よりベイスターズに横浜に残ってほしいという声が、街の人々からほとんどあがらなかったことが一番ショックだったという。


「横浜は冷たい!」騒動のさなか加地社長は、思わずそんなぼやきを漏らしたそうです。


10年前に44万人の署名を集めたあの熱気はどこへ行ってしまったのだろうか?


親会社が赤字を補填し続けるという、これまでのプロ野球のビジネスモデルを変える以外に活路は見出せない。


でも加地社長は横浜の力を信じて今年も先頭に立つつもりだ。


という言葉で結ばれる。


なかなか読みごたえのある記事でした。


そして、特別刷りには全7段の広告。


ここに加地社長70歳の強い思いが込められている。




横浜で、野球ができること。


横浜で、野球ができる喜びを

こんなにも実感する年は、

今までになかったかもしれません。

どんな状況にあっても

応援してくださったファンの皆さん。

横浜を本拠地とするベイスターズを、

受け入れてくださる地元横浜、

神奈川の皆さんが、ここにいる。

そのことを何よりの勇気と支えに、

新しい一年を闘い抜きます。

今年も横浜ベイスターズへの

変わらぬご声援を。

どうぞうよろしくお願いいたします。



何よりも「闘い抜く」という言葉に加地社長の決意がこめられています。


頑張れ!横浜ベイスターズ!!