●『向田邦子の恋文』/向田和子(新潮文庫)
向田邦子さんと聞いて、直ぐに思い浮かぶ方は、かなり年配の皆様かもしれませんね。
向田さんは昭和4年生まれですから、私の父・母の世代です。放送作家としてご活躍され、私が薄っすら覚えているのは、TVドラマの『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』の脚本家としての顔でしょうか。
昭和56年の飛行機墜落事故により、51歳でお亡くなりになっていますが、この本は、向田邦子さんの妹さんが書かれた本です。
確か昔に一度読んだはずで、家に在るものだとばかり思っていましたが、いくら探しても見当たりません。その当時の私には少し重く感じて、手放してしまったのかもしれません。
それを何故この本を思い出したのかと言えば、きっかけはこれでしょうか。連想ゲームのように・・。
お姉さんの邦子さんを亡くし、遺品を整理していた時に見つけた茶封筒を、心の整理が付いて妹の和子さんが開けたのは、それから20年近く経ってからだそうです。この本はその手紙を中心に、妹さんの視点で、姉・邦子さんの人生を回顧されている作品です。
邦子さんには密かに支え続けた一人の男性がいました。記録映画のカメラマンNさんです。
Nさんは脳卒中で倒れ、足が不自由になった男性で、既に別居されていましたが妻子ある男性でした。「道ならぬ恋」と言えば、「道ならぬ恋」なのかもしれません。でもそれだけではない・・。
向田さんは30歳を少し過ぎて、ちょうど放送作家として多忙を極めている頃だったようです。向田さんは長女として家族も支えていたようですから、そんな家族を支える顔や放送作家としての苦悩など、Nさんはそんな誰にも言えない「もうひとりの向田邦子」を知る人で、向田さんもまた、心の支えとして、精神的支柱として、Nさんにだけは素直に甘えられる大切な人だったのだろうと思います。
ドロドロした話や色っぽい話は出てきません。淡々とした手紙のやりとりやNさんの日記で進んで行きます。ただお互いがお互いを必要とし、支え合っていただろう想いは、文と文の間から伝わって来ます。
美化する訳ではないですけれど、もっともっとと与え求める恋は幾らでもあっても、支え続けてくれる恋愛って、「形」はどおあれ、なかなか出逢えないんじゃないかな・・。
その辺りが、以前読んだ40代になったばかりの私にはまだ分からなかったのかもしれません。ですが私もその後に離婚を経験し、また父と母の介護と看取りをしていく中で、「心の機微」というものが、以前より少しは分かるようにはなったのかもしれません。
最終的にNさんは自ら死を選ばれてしまいます。その時の向田さんの心中はいかばかりだったのか?きっと悲しみの他にも色々な感情が渦巻いていたでしょうね。「なぜ?」・・支えきれなかった悔しさとか自責の念とか、「私を置いて」と時に恨む気持もあったかも。
でも向田さんは、おくびにも出さなかったとか。
みごととしか言いようのない”秘め事”にして、封じ込めてしまった。
妹の和子さんは、この本の最後でそう締めくくられています。
強い人ですねぇ・・。
この文庫本には爆笑問題の太田光さんが文章を寄稿されていて、「こういう文章が書ける人なのだ」と、バラエティとは別の顔を発見し、それにもとても感心してしまいました。
本というのは読む「タイミング」があるなぁと、つくづく感じます。私も「介護」が終わり、偶然であろうとなかろうと、今こうしてこの本を再び手にしている自分が居て。
それをことさら意味づけるつもりはありませんが、この本を読んで、自分も「一生懸命に生きなきゃな」と思ったのは確かです。
「事実は小説より奇なり」
皆さんもタイミングが合えば・・。
本日もお読みいただき、感謝です。