冷静に考えてみれば存在しないものが(その人達からしてみれば存在しているのでしょうが)見えたり感じたりするという事はある種自分を間違った方向へ導かないための能力で、その力が開花するタイミングはもうこれ以上誤った判断をしてはいけないと脳が覚醒した時なのかもしれません。
風邪を引けば熱や鼻水が出るように
怪我をすれば痛みがある様に
見えたり感じたりする事も、自身の身を守る為の外界を感知する感覚機能なのかもしれないです。
所謂"第六感"てやつでしょうか。
これを読んで頂いている皆様の中に"体が受け付けない"みたいな経験をした事がある方が居らっしゃるとしたら、それはつまりその状況に対して起こる体の防衛反応の様なもの。
あるいは経験に基づいた自分の持っているキャパシティに対して今は受け切れないという反応なのかもしれません。
逆にそういった経験がない方は自分に合った生き方が出来ているのでしょう。
感じる必要がないという事。
以前はそんな能力僕も欲しいと思っておりましたが、無いなら無いで良いのかもしれません。
逆に幸せを感じる瞬間なんてのもあります。
好きなものを食べている時
好きな音楽を聴いている時
時に初めての経験でも幸せを感じる事があります。
好きな人と一緒にいる時もそうです。
そんな感覚は常に研ぎ澄ましていたいものです。
感覚には振り幅があり、人それぞれです。
辛い経験をすればする程、逆にあるものが尊く思えます。
欲しい物が手に入り過ぎるとそれを失うのがとても怖くなります。
しかし幸いにもそれを繰り返す事で些細な事に感謝出来る様になります。
そこで気付く事は些細な事なんて存在しないという事なのかも知れません。
結論、振り幅が広ければ自分の物差しで測る事も悪くない気が致します。

