今日で本番一か月前になりました。

明日は稽古ですが、今日はありません。

先週の土曜日の稽古の様子を書くとしましょう。


場所は、さざえさん通り突き当りにある、桜新町集会所。

やや早めに集合し、衣裳をつけてのダンスで支障があるなしをチェックした。

みんな、大丈夫そう。

そのあと、問題の、後半の自主稽古を始める。

何が問題かというと、多数が板上に立っているために、

それぞれのセリフが飛び飛びで、すぐ忘れてしまうというところ。

この場面が、説明の多い芝居なので、ひとのセリフをフムフム・・・と聞いてしまっているうちに

自分の番を忘れてしまうのであった。

そんなことは許されないのでありましょうが、しかし、だって、どうしたって、なんてったって、

頭が徐々に白くなってゆくのですもの・・・

これは、繰り返し稽古をするしかないでありましょう。


この日は、舞台監督の夕起氏が志賀氏(前回までの舞監さん)と共に登場していました。

やがて、演出加藤氏も到着して、装置などの打ち合わせをしているのを横目に、

我々は、問題場面をやっているのですが、打ち合わせをしながらでも、

加藤氏の耳は、こっちも聞いているに決まっているので

惨憺たるわれわれの様子には、口をはさむのもはばかられたのでありましょうが、

やがて打ち合わせも終わったようで「・・・止めていいですか・・・」とのお言葉に、

われわれは、苦笑したのでありました。


やがて、装置の変更に伴い、立ち位置や動きの再チェックを行う。

そのあと、加藤氏の前で、例の問題場面導入部の稽古。

やはり、加藤氏に指摘されると、とても理解できる・・・とSさんが言っていた。

20分くらいで、早々と加藤氏は上がり時間となり、帰ってゆきました。


そのあと、またまた、同じ場面の稽古。

こんどは、少し前から遊びに来ていた、オフィスライブラの直子さんが見ていてくれた。

ひとしきり終わった後で、彼女の指摘は、実に的確だったのには驚いた。

演出の素養があるってものだ。とても助けになりました。


演出の素養って、なんだろう。

私自身でいえば、演出の素養は皆無だ。

脚本を書いていたにもかかわらず、とにかく今までは、自分の本の意図するところがわからない。

そんなのは、脚本家ではないのかもしれないね。

脚本演出する人を尊敬する。

演出のやり方にも、千差万別あるとは思う。

ともあれ、三年ぶりぶりに参加した私は、作家としても、役者としても

非常に学ぶところが多かったと思うんだ。

学ぶところがあり、意義のあるものを見出すことが、大切。

それらのない場所は、魅力がないでしょう。