新型コロナで、終わりのはじまりが見えてきた。
戦後、70年、明治維新150年以上での日本国の制度は、硬直化され身動きが
取れなくなってきている。
平時の時は、決まった仕組みの中で、窮屈に過ごしているがなんとか、民間は
生きられて、政治行政は半自動装置のようなところで、税金で給料だけをもらって
いる状況になっている。
当然、平時の時は、やることがあまりなく、「人治」的な人間関係、人間の管理など
の「人事」で楽しく、妄想して話をしている。
それで、生活ができる「環境」が整った世界である。
そうしたら、有事の時は?
毎日、決まった半自動的な作業のような事をやり、高給であり、税金を盾にして弱者に強い。
毎日が、人間的でない事を繰り返している。
有事は、予想ができない、先を予知して先手先手で行うことである。
先を予測する?全く、やっていないことである。
やれば、混乱。やらなくても、混乱。
硬直化したのを変えるのは?でも、中長期の考えであり、今、起こっていることに対応できない。
今やることは?
変化の中で生きている、人たちに頼ることである。
すなわち、「民間力」
それも、一線でやっている人とたちである。
日頃、官、公と一緒に遊んでいる人たちでない。
本当の実力者たちである。今後として、有事の時は、一線で動ける方を招集する。
今でも、活用して打開することである。
有事の時は、民間力を使う。のを当たり前にする。経団連、新経団連など民間団体が存在。
勘違いはしないように、予算の配分での話でない、GO to とか。。。