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正社員退職ママ 発達グレー息子と暮らす日常

小学生の娘と発達グレーな幼稚園生の息子を育てるママ。
小1の壁にぶつかり、息子の通う保育園が合わず荒れ果て、自分も体調を崩したことをきっかけにフルタイム正社員SEを退職、現在専業主婦を謳歌中。
そんなリケジョママの子育てと日常をつらつらと。

こんにちは。ぽんです。

 

前回のつづきです。

 『【長男】発達障害疑惑④』こんにちは。ぽんです。 前回のつづきです。 『【長男】発達障害疑惑③』こんにちは。ぽんです。今更ですが明けましておめでとうございます。今年もマイペースにつづっ…リンクameblo.jp


 

 

他の親からのクレームにより、私たち夫婦は長男の問題行動を知ることとなりました。

 

お相手のご家族とそのお子さんをA家族、A子ちゃんとします。

 

A子ちゃんはクラスでも正義感にあふれるしっかりしたリーダータイプの女の子。

いろんなことに気が付くので、長男にいたの問題行動には子どもなりに思うところが多分にあったんだと思います。

 

長男にいたに注意してはそのたびに言い合いになり、最終的に手が出てケガをさせていたようです。
 

そしてついに、にいたはA子ちゃんを引っかきとうとうお顔に大きな引っかき傷を作ってしまいました。

 

A子ちゃんはそれがショックで翌日登園渋りが出て欠席することに。

登園渋りなんて初めてのことでご両親は大変動揺されたそうです。

しょっちゅうケガさせられるし、今回はお顔に大きな傷、それに加え登園渋りまで出ているが、相手の親はこの状況をどう思ってるのか?

こちらがこの状況を親子で苦しんでいる現実をきちんと受け止めてほしい、

と園に申し入れがあったのです。

お顔に傷を負わされて、さらに心にも大きなダメージを受けている様子を目の当たりにした親の当然の反応かと思います。

 

ところが私たち夫婦はこの現状を受け止めるもなにも、ケガをさせた事実すら知らなかったのです。しかも継続的に。こんな状況全く知らない私たち夫婦は普段通りの日常をのほほんと過ごしてたんです。最悪ですよね。

 

一連の流れを保育園側からの呼び出しにより知るところとなった私たち夫婦は大変なショックを受けました。

 

A子ちゃんの心の傷の深さ、そんなわが子を間近に見る親御さんの気持ち、簡単に休めるものでもない仕事を急遽休ませてしまった事への申し訳なさ、

そして長男にいたがそんな悪行を繰り返し行っていたという事実、それに気づかなかった自分の情けなさ。

 

どれもが私の心を深くえぐってきました。

 

つづきます。

こんにちは。ぽんです。

 

前回のつづきです。

 

 

長女いちかのケアに気をとられるあまり長男にいたの異変に全く気付かなかった我が家。


保育園内の様子は担任の先生、園長先生からの証言でしか知りえないので面談等で聞いた内容をもとに書いていきます。

 

この頃にいたは保育園内ではトラブルメーカーになっていたようです。

例えば、

 
・朝の会など全員が並んで座るという場面でそれができない。途中で飽きて寝転んでしまう。
 
・給食を食べ終わった後、椅子に座って待つことができず床に寝そべってしまう。
 
・朝や帰りのお支度が遅い。
 
・先生の指示する内容や注意に正しく従えない。
 
・それを注意するお友達と言い合いになり、最終的に手が出る。
 
ざっとこんな感じでしょうか。
ちなみにこの状況3歳児クラスに進級したころからちょこちょこ出ていたらしいのですが、親の私たち夫婦が知るところとなったのはその年の年末。
 
きっかけは他の親からのクレームでした。
 
 
続きます。

こんにちは。ぽんです。

今更ですが明けましておめでとうございます。

今年もマイペースにつづっていこうと思っているのでよろしくお願いします。

 

年末年始はなかなか自分の時間を確保するのは難しいですね。

同じ県内に住む義実家への帰省はなんと2年ぶりでした。

親戚とは2年半ぶりの再会で子どもたちがすらっと大きくなっていておばちゃんちょっとジーンときちゃいました。

 

前回のつづきです。

 

にいたが3歳ごろのお話。

 

この頃は2歳児クラスに属してて、担任の先生はベテランで信頼のおけるおばちゃん先生でした。小まめに情報交換して改善策を一緒に考えていただきながらにいたを見守っていただき、年度の最後には

「この1年でかなり落ち着いてお友達に手を出すことも無くなり見違えるようなお兄ちゃんになった」

と言ってもらえるまでになりました。

にいたが良き方向へ向かったのはこの先生のおかげだと今でも感謝してます。

 

そして3歳児クラスに進級。このときの担任が本当にイマイチで。。。他の親達から聞く評判もすこぶつ悪く、夫も母(たまにお迎えをお願いしていました)も私自身も幾度となく不快な思いをさせられてきましたが、その都度グッと飲み込んできたので、担任発表のレターを見た時は心底ガッカリしました。

 

また、この頃から新型コロナ蔓延の影響で親は玄関先までしか入ることができず教室での子どもたちの普段の様子を伺い知ることができなくなり、また、先生方とのコミュニケーションの機会がガクンと減ってしまった時期でした。

 

 

ちょっと脱線しますがこの頃の長女いちかについて。

 

その4月から小学校に就学。でもいきなりの緊急事態宣言により一斉休校が始まりました。

学童のオープンは午後から。午前は自宅で一人で過ごせない子どもを対象に臨時で開放された小学校の教室で過ごすことになりました。

 

同じ保育園からの入学した子どもは4人しかいないのに、小学校は5クラス編成のなかなかの規模。6~7割の生徒が近隣のマンモス幼稚園出身でクラス内および併設の学童内もすでにコミュニティが出来上がっており、娘はそこになじめずかなり苦労していました。

クラス内には知り合いはひとりもおらず、学童内での知り合いは男の子が2人だけ。常にひとりポツンとして過ごしていたようです。

 

今ではお友達もできて笑顔で登校できるようになり、すっかり馴染むことができましたが、この2年前の一連の出来事は今になっても涙なしに書けませんでした。。。

 

このころ、私も夫も長女いちかのケアにかかりきりになり、にいたへのケアがおろそかになってしまっていたと思います。この時期のにいたの記憶がほとんどないんですよね。また普段のなにげない一コマを記録した写真もほとんど残されてない。

私自身がキャパオーバーになっていた証拠です。

 

すごく長くなってしまった。。。

次へつづきます。