遺伝子の話から離れて、風習の話に戻ります。
今はシャワー派も増えていますが、日本人は湯船につかるのが好きです。
江戸時代には銭湯が普及してきましたが、かつては違っていたようです。
平安頃までの貴族などは、風俗的な意味合いではなく、まさにトルコ風呂のようなスチームバスを味わうことが多かったようです。
また、特殊な例でしょうが、温泉では湯治場として、飛鳥時代から湯につかる習慣もあったようです。
庶民が湯船につかる習慣となったのは、江戸時代からと最近でしょうが、水浴びなどにより体を清める習慣は古代からあったと、古事記や羽衣伝説などから推察できます。
このような湯船につかる習慣は、温帯地域では珍しい慣習ではないかと考えています。
支那大陸や朝鮮半島では、今でも湯船につかることは一部裕福家庭や山岳少数民族、火山近くを除けば珍しく、なかには一生湯船ある風呂に入らない人々もいるでしょう。
(半世紀前には、風呂どころかトイレやシャワーがある庶民階級は皆無に等しかった国もある)
西洋でもそれは同じで、香水の発展する原因となりました。
北欧の一部を除けば、西洋では未だに湯船に毎日のようにつかるなどという贅沢をしている庶民は稀でしょう。
★なしホテルなどなら、湯船なしの部屋はよくあります。いや、湯船がある部屋の方が珍しい。
部屋中央に、デーンとビデはあっても。
ローマ時代の貴族やドイツの一部、北欧の一部は例外でしょうね。
日本人ほど湯船につかるのが好きな人たちを、私は知りません。
中国山間部少数民族を除いて。
東南アジアなどでは湯船に似た施設をみますが、それらは湯船につかるというより、行水などに使う水桶のようなものの気がします。
では、なぜ日本人はそんなに風呂が好きなのか。
これは神道との関係が疑われます。
いわゆる禊(みそぎ)との関係です。
母方の祖父は神道にも縁があった人で、若い時には正月には未明に起きて、極寒の中禊をして正月を迎えていたようです。
日本には、世界屈指の美しく清潔安全な水が、ほとんど全土、年中豊富だったことも関係あるでしょうね。
ひょっとするとヨルダン川やナイル川、ガンジス川などの聖浴と関係するかも知れません。
そう言えば、南国に駐在していた時に、偉そうな先生が金魚鉢を見てみたい、さらにすぐトルコに行きたい、とか言っているのをすぐ隣のテーブルで聞いたことがあります。
変です。
先生は、金魚鉢を見たことがないのやら。
トルコとは1万キロくらい離れているのに!
ちゃんと着けただろうか?ちと、心配になりました。
(笑)。
で、私もその夜はお世話になりました。
番茶も出花と風呂に入ったりするのはいいことでしょうし、還暦過ぎた今でもそんなことがあったら、嬉しい限り。
でも、バージンだと病気と思われるよとか、何らかの力を利用して脱がすのは、嫌いです。
結構紳士面して、汗流し場所を教えろという方もいますがね。
あっ、これは人のこと言えないかなあ(笑)。
島ちゃん時代のゲランやタニヤ、スクンヴットを知っているごく一部の読者の方は、笑い飛ばしてください。
★次回に続く予定