【追悼】アルビン・トフラーにまつわる記憶 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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トフラーを読んだのは大学に入ってすぐだった。
英語教材が『未来の衝撃』だったからだ。

この時の教授のことはよく覚えている。
西海岸あたりに留学経験のある方で、映画館でのキスの話などを面白く語っていた。
ジェームス・ディーンにも似ており、女性陣には人気があった。

そんな女性陣の推奨があり、文化祭に彼を招待した。


開口一番、彼はこう言った。

角材持った学生に追われたことはあったが、文化祭に招かれたのは初めてだ、と。


当時はあちこちで角材を持った学生などが見られ、学内には私服はじめかなりの警官がたむろしていた。
でも、まだまだ本格的なゴタゴタが始まる前のことだったが。


この当時の教授は、学部教授も含めておおらかだった。


入学試験前日に、ゆっくり休めるようにと、泡の立つ麦茶を飲ませてくれたり、一度友人に付き合って聴いた東大の授業では、教授がタバコを吸いはじめる。

授業中に乱入してきた輩の話を、席を譲って授業を止めた助教授。

声を聞いただけで、出席代弁を分かってしまう講師。


私も先輩から壁ドンをされたことはあったが、角材で叩かれたことはなかった。


ある意味、今よりは話が通じる反日人が多かった気がする。

ブログなどを見る限り、今は変な反日派が増えている。

いや、生き残る為に異常な執念の塊となり、頭の中まで異常になってしまったのだろうか。


とにかく、浅間山荘前にあった悲惨極まる内ゲバを知り、ほとんど活動家が活動を止めて行った。

中には政治家となって、国会議事堂の中に座っている方もいるが。

彼らは未だに、テロリストを尊敬していたりする。

国会議員としての資格どころか、日本人としても失格だと思うが、マスコミは彼らには極めて甘い。

まあ、同じ穴の狢もいるだろうしなあ。