【言葉とイメージ】あるいは言葉による偏見 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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これは私自身反省しなくてはいけないが、言葉を聞いただけで偏見を持ってしまう場合がある。


この症状が進むと、言葉だけで、つまり中身を考えずしてラベル貼りをしたりするようになるのだろう。

自戒をこめて、これは注意が必要だ。



特に現在の日本では、最近進んできた言葉狩りによって、それが強調される傾向がある。



そんな言葉とイメージ、並びにイメージとは違った例などを挙げてみよう。






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マイナーイメージが強そうな言葉



★独裁国家

一部の方々の好きな言葉であるファッショとかファシズム、あるいはイタリアではなくヒトラー時代のドイツなどをイメージすることが多いだろう。

けして、いいイメージではないと思う。


が、これはかなり偏った見方だ。

シンガポールも一党独裁国家に近い。

いや、かつては個人独裁国家に近かった。


しかしながら、そのおかげで、素晴らしい国へと生まれ変わっている。

独裁政治とは言っても、独裁者が聡明ならば、また庶民に目が行く能力があるならば、これは素晴らしい国家を築くことになる。


似たようなことは、ブルネイなどにも言えるかもしれない。






★クーデターあるいは軍政

クーデターと言うと、庶民が殺されたりし、常に庶民が泣いている姿が思い浮かぶに違いない。

また、軍政というのも似たり寄ったりだろう。

しかしながら、先日タイで起きたクーデターは、9割近い民衆によって歓迎された。

市民の中には、兵士と記念写真を撮り喜びを現したりもしていた。

タイでは、現在も軍政が続いている。

そしてそれは多くに歓迎され、腐敗政治が消えつつある。

先日の人身売買組織撲滅なども、その現れだろう。

前政権は日本の民主党にも縁があり、無能コネ賄賂カツアゲをしながら民衆(とくに農民)の味方であるような政治をしていた。

または、中国の傀儡政権との見方や、国を乗っ取ろうとする輩集団とも言えた。


農民から金を吸い上げると同時に、私腹を肥やし、その一部を身内の農民に還元していたにすぎなかった(選挙区外の農民は迫害)。


NHKなどはこれを、農民側に立った政治と推奨していた。

また、クーデター勢力には批判的だった。



ひどい話だ。







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追記

以下は不思議な話






★ヘイトスピーチ

自分のことを言われると、事実であってもヘイトスピーチと批判する一方で、自分が行っている人間や出身地差別発言や脅迫行為はヘイトスピーチには当たらないらしい。


この辺の感覚が、私に理解が難しい。







★死刑反対

死刑には絶対反対。

それでいて、激情などによる殺人はやむを得ないとする。


考え方が不思議すぎて、さっぱりわからない。


激情により人を殺すことは、裁判による死刑より、ほとんどの場合は罪が重い。


私には、そう思える。